奈良、旅もくらしも

びっくりうどん三好野/昔は量に 今は種類にびっくり。優しいだしが香る地域のおうどん

長い年月、地元の人も旅人も受け入れてきた奈良のお店を訪ねていきます。
第一回目は三条通にある「びっくりうどん三好野」さんです。

 近鉄奈良駅から東向商店街を南へ。アーケードを抜けると見えるのは、丸みを帯びた墨文字で店名を染め抜いた白いのれん。昼時になると店内は地域のビジネスマンや観光客で賑わい、従業員がきびきびと動き回る。常連さんの「いつもの」にも素早く対応。ときに身の上話に耳を傾け、明るく相槌を打つ。

 びっくりうどん三好野(みよしの)の創業は1955(昭和30)年。第二次世界大戦後、満州から引き揚げてきた初代の店主夫妻が、いくつかの商売を経て現在の地で店を構えたのが始まり。今ほど物資が豊かではなかった時代、2玉入り25円のうどんは「安くて多くて美味い」と評判になる。以来、徐々にメニューを増やしながら町ゆく人たちの胃袋を満たしてきた。

 現在店を切り盛りするのは、初代店主の長男である上原鼐(だい)さん、喬子(きょうこ)さん夫妻。店の味の要となるうどんだしは、今も鼐さんが朝一番に仕込みをする。3種類のカツオ節に、利尻昆布を合わせた関西風。「先代の頃はもっと薄味だったんですが、だんだんとお客様の味の好みも変わってきて。醤油の加減をみては試行錯誤しました」と鼐さん。関西らしい柔らかなうどんが香りのいいだしをたっぷりと吸って、ひと口ごとに優しい味が染みわたる。

店内の壁にズラリと並ぶメニューイラストは、かつてこの店でアルバイトをしていたイラストレーター・上村恭子(やすこ)さんが手がける。うどんやそば、定食、奈良名物・柿の葉すし、三輪そうめんを組み合わせたセットもの、おでんやとんかつまで、目移りするほど多彩なラインナップだ。

「私が店を継いだ当時、すでにモノが豊かになって近隣に飲食店も増えていました。安くて量が多いだけではもう太刀打ちできない。地元の方も観光の方も飽きずに通ってもらえるように、奈良らしい食材を加え、メニューを増やしたんです。従業員から覚えきれないと文句がでるくらいに(笑)」と鼐さん。創業時の看板メニューである2玉入りのかけうどんは「びっくりかけうどん(300円)」として今も健在。とはいえ、今のメニューの中心はオーソドックスな1玉入りなので、小食の方もご安心を。

 豊富なメニューの中でも人気を分けるのは、シンプルなきつねうどん(550円)とカレーうどん(620円)。特にカレーうどんは、何十年も毎日食べに通う人がいるほど根強いファンが多い。「ある時、しばらく見かけないなと思っていた常連さんが、奥様に付き添われてパジャマ姿でお見えになったことがあったんです。お話を聞くと、病気で長く入院していたのに、うちのカレーうどんがどうしても食べたくなって外出許可をもらったとか。なんと、カレーうどんを2玉入りにしたうえに、それをペロリと2杯召し上がられました。そんなに愛されているのかと驚きましたし、ありがたかったですね」と喬子さん。うどんだしにカレー粉を合わせ、片栗粉でとろみをつける。しっかりスパイスが効いているものの、だしでまろやかな仕上がりに。病床でふと恋しくなるのもわかる気がする。

 2020年に始まったコロナ禍で、観光客の足は遠のいた。一時は8割が外国人客だった店内は、かつての常連や近隣で働くビジネスマンが中心に。「ご家族連れでお越しになって昔を懐かしんてくれたり、奈良を離れてからもときどき訪れては『頑張っておられるんですね』と声をかけてくださるお客様に支えられています。学生時代にアルバイトで来てくれた方が、結婚して子どもを連れて来てくれることも。忘れずにいてくれるお客様のためにも、できるだけ長く続けたいですね」と鼐さんは語る。

 客足が落ちる中、SNSアカウントを開設し、店の宣伝だけではなく近隣の飲食店を食べ歩く様子を紹介するなど地域の情報を発信し続けている。「苦しい時期ですが、お店同士の繋がりが増え、新しいお客様も来てくださるようになりました。この町の美味しい店をたくさんの人に知ってもらって、賑わいを取り戻したいですね」と語るのは、SNS担当でこの店に10年勤める店長・板橋壮毅(おき)さん。町の移り変わりを、優しい味わいのうどんが今日も見守る。

(記事・油井やすこ)

びっくりうどん 三好野
住所:奈良県奈良市橋本町27
電話番号:0742-22-5239
営業時間:11:00~20:30
定休日:水曜休(祝日の場合は営業)
駐車場:無(近隣に有料P有)
http://bikkuriudon.com/

最終更新日:2021/06/08

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