奈良、旅もくらしも

奈良は歴史が生き続ける優しい場所―インタビュー:ホテル尾花 中野 聖子さん

コロナ禍と祈りの2020年

 2020年、新型コロナウイルスの流行によって世界は一変しました。社寺の伝統行事でさえも規模を縮小するなどしてその形を変えざるをえない中、なら燈花会やなら国際映画祭も変化することを選ばなくてはなりませんでした。

 大きく変わったことの一つは、オンライン配信とSNSの活用です。特になら国際映画祭は「会場のスクリーンで映画を観てもらう」ことにこだわっていたので、オンライン配信は大きな決断でした。結果として、より多くの方にイベントを知ってもらうきっかけになったのは喜ばしいことではあります。コロナ禍を超えた後、オンラインで生まれた広がりをリアルにどう落とし込んでいくかが正念場です。

 さらに大きく変わったのは、東大寺・春日大社・興福寺の三社寺にこれまで以上のご協力をいただいたことでした。なら燈花会では、通例の10会場での開催ではなく三社寺の境内をお借りし、各所で法要や祈願をしていただいたうえでの無観客開催となりました。それまでは、燈花会は宗教行事ではなくあくまで私たちの「願い」という形での火入れでしたが、今回はじめて「祈り」の場であることを許されたんです。なら国際映画祭では東大寺大仏殿でオープニングイベントを行ったほか、東大寺・春日大社での上映会も実施しました。

 おそらく、2020年が第一回目の開催であったならこの形は実現できなかったでしょう。10年、20年と地道に実績を積み重ねたことが信頼に繋がり、多大なご協力をいただけたのだと思います。奈良という場所は、丁寧に時間をかけて関係を作っていくことが特に大切だと改めて感じました。

 2020年は、奈良の観光業界にとっても試練の年であり、当ホテルもそれは例外ではありませんでした。時同じくして、サンルートホテルチェーンとの40年にわたる加盟契約が終了し、かつての尾花劇場が開業して100周年の節目に。私たちは以前の屋号を冠した「ホテル尾花」へと名称を変更し、リブランドオープンしました。困難の多い年でしたが、長年ご利用いただいているリピーターの方々の変わらぬご支援に支えられました。

 一連の出来事は、自分たちを見つめ直すまたとないチャンスであるとも考えています。ホテルもイベントも、たくさんの人に奈良で過ごす時間をもっと楽しんでもらえるよう、工夫を続けていきたいですね。

奈良は私の「タイムマシーン」

 奈良は私にとってタイムマシーンのような存在です。気が付けば、今とは違う時代にぽんと投げ込まれている瞬間があるんです。普通の会話の中にも、ふとご先祖様から受け継いだものの話になったり、江戸時代の逸話がつい先日のことのように語られたり。亡くなったおじいちゃんのことを、今いる人のように話すこともあります。今ではない時代に生きた人のこともずっと忘れずにいる、優しい土地柄なのでしょうね。忘れないということにも、それなりの努力が必要です。

 歴史が語られ、同じ風景が100年、1000年と続くスケールの大きさが奈良という場所の魅力。一見のどかで単調にも思えますが、底知れないエネルギーがそこに働いています。奈良が好きなお客様は、「ここに来るとホッとする」と言います。目まぐるしく変化し続けるこの世界で、ずっと変わらないものがある…その安心感が、多くの人を惹きつけるのでしょう。奈良の奥深い魅力を伝え、一人でも多くの方にこの安心感を味わっていただける一助となれたらと思っています。

(インタビュー・構成: 油井やすこ)

ホテル尾花
住所:奈良県奈良市高畑町1110
電話番号:0742-22-5151
ホームページ:https://obana.nara.jp/

最終更新日:2021/01/31

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