かき氷専門店「ほうせき箱」オープン
第1回ひむろしらゆき祭の開催後、岡田さんがおちゃのこさんを退職することになりました。有名店からも声がかかったようですが、岡田さん自身は「奈良で自分の力をさらに試したい」と。それなら、一緒にかき氷のお店をやってみようということになり、共同経営者という形でもちいどの商店街にオープンしたのがかき氷専門店「ほうせき箱」です。
関西でいち早くエスプーマをシロップに取り入れ、フルーツやお茶など様々な食材を組み合わせたメニューをそろえました。もちろん、イチゴや大和茶、牛乳など奈良産の食材も随所に取り入れて。2015年のオープン当初は通年でかき氷を提供するお店はまだ少なくて、私自身も半信半疑でした(笑)。
オープン当初はかき氷以外のメニューも用意しましたが、フタを開けてみれば売れるのはかき氷ばかり。ひむろしらゆき祭の流れで各メディアから取材をたくさんしていただいたこともあり、オープンから3ヶ月ほどで行列ができるようになったのは嬉しい誤算でした。
氷室神社からはじまった奈良のかき氷人気。自分のお店だけの繁盛を考えるのではなく、ルーツとなる神社を含めた奈良全体でかき氷の素晴らしさを広めたいと思っています。現在はカフェや甘味処だけではなく、レストランなど様々な業態でかき氷を提供するようになりました。誰もが驚く独創的なメニューから、昔ながらの素朴なかき氷まで、バリエーションも豊富になり今後もますます盛り上がりそうです。
柿の葉の新たな可能性を求め、家業を離れる
ほうせき箱のオープン後も、平宗の社長としての仕事は継続していました。インバウンド景気が訪れる以前だったこともあり、いろいろな手を打ってみてもなかなか売り上げアップに繋がらず、苦しい時期でした。
今後は、柿の葉ずしだけで大きな成長を遂げるとは考えにくい。そこで、先ほども少し触れた柿の葉を使った商品開発に取り組むことにしました。柿の葉はビタミンCやポリフェノール、食物繊維などが多く含まれ、抗酸化作用も強いことがわかっています。奈良の特産品であり、栄養的にも優れたこの素材を、なんとか自社の商品として伸ばしていけないかという想いでした。
知れば知るほど、柿の葉は魅力的な素材です。柿の葉事業を続けていけば、ゆくゆくは耕作放棄が進む柿産地の新しい産業に成長していくのではないか。そのくらいの可能性を感じるようになりました。ただ、私の構想は社内では理解してもらえませんでした。先ほども触れたとおり、柿の葉ずしに使う葉っぱの加工は大変な手間がかかるうえに、品質を安定させるのが難しいんです。大きな投資も必要になってきます。最終的には、会社としては奈良県産の柿の葉に大きく関わることができない状況になってしまいました。
農林水産省の支援制度である「農工商連携」の認定を受け、地元の農家さんをはじめ多くの方に協力も得ている中で、私はどうしても柿の葉事業をあきらめることができませんでした。自分の力では、当時の平宗に利益をもたらすことが難しいと感じるようになっていたのも事実です。2017年、私は社長を実弟に譲り、平宗を出て、合同会社ほうせき箱で柿の葉ブランド「SOUSUKE」を立ち上げることにしました。
主力商品は柿の葉茶。一般的な日本茶と違い、柿の葉茶には味に対する明確な評価基準がありません。美味しい柿の葉茶とはどんなものか。飲みやすくするためにはどんな手法を使えばいいのか。ご縁のある諸先輩や友人にアドバイスを頂きながら試行錯誤を繰り返しました。柿の葉の風味を生かしつつ、クセのない飲みやすいお茶に仕上がっていると思います。柿の葉茶は和紅茶や煎茶、柿の枝などとブレンドした商品もあり、県内外の有名飲食店でもご利用いただいています。
柿の葉茶以外にも、奈良県内を中心とする様々な人や企業のご協力のもとで商品開発を続けています。例えば、柿の葉のマヨネーズやドレッシングなどの調味料は、懇意にしている人気飲食店のオーナーがレシピを作ってくれました。柿の葉は塩を加えると独特の旨味があるんです。私はそれが大好きで、料理にもっと使えないかと。料理の幅がぐんと広がると思います。
近年、柿渋の主成分である柿タンニンがウイルスを不活性化するという研究成果が発表され、その効能にますます注目が集まっています。柿渋と柿の葉茶で作った飴は、その効能を活かしたいと思い開発しました。南山城村の柿渋製造会社による純度の高い柿タンニンを使用した優しい味の手作り飴です。
食品だけではなく、柿の葉入りの入浴剤や石鹸も肌に優しいと好評です。生活の中に柿の葉を取り入れていただき、より健やかな毎日を過ごしていただけるようになればと考えています。現在は通販をメインにしていますが、いずれはお茶の試飲などをしていただける実店舗を設け、柿の葉の素晴らしさを知っていただく機会を設けたいと思っています。奈良の風土に根付いた食文化として、かき氷と同じくらい定着してほしいですね。
奈良の食文化の奥深さをわかりやすく伝えたい
「奈良にうまいものなし」などという言葉もあるくらい、奈良は食の分野に弱いと言われてきました。東京から奈良に帰ってきた時も、たしかに少し物足りないような気がしたものです。一度定着したイメージを覆すのはなかなか難しいもの。奈良で食を仕事にしていると、このイメージはずっと重くのしかかってきました。
そんな中、地産地消という考え方は奈良の食文化にいい影響をもたらしてくれたと思います。伝統野菜や地鶏など、地元産の食材が注目されるようになり、県内外から評価されるお店も徐々に増えています。ひむらしろゆき祭から始まった奈良のかき氷も、それぞれの地域の良さを見直そうという考え方が定着することで、これほどまでに広まったのかもしれません。
奈良は日本の食文化のルーツとなる歴史が数多く育まれた土地です。よく調べれば、その奥深さに驚くことも多い。ただ、歴史は見た目には現れず、伝わりづらいことが多いです。かき氷は誰もが知っているうえに、見た目も華やかに演出できます。氷のルーツとなる歴史と、見た目にわかりやすい華やかさが結びついたことによって、皆さんにより親しまれる存在になったのかと自分なりに解釈しています。
万人の目を惹きつけるわかりやすさと、それを裏付ける歴史が結びつけば、奈良の食文化はもっと楽しいものになるでしょう。奈良でわかりやすさを求めるのはなかなか難しい面もありますが、かき氷のように思わぬところにご縁が隠れていることもあります。それをあきらめずに探し求めていたいですね。一過性のブームで終わるのではなく、新たな歴史の1ページとなるような発信をこれからも続けていきたいと思います。
(インタビュー・構成: 油井やすこ 撮影:北尾篤司)
合同会社ほうせき箱
ホームページ:http://kakiha.net/
最終更新日:2021/04/07