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cafe CROCO/場所を変えてなお愛される憩いの喫茶店

場所を変えてなお愛される憩いの喫茶店

アンティークのステンドグラスが印象的な木製の扉を開けると、深みのあるコーヒーの香りに包み込まれる。丁寧にハンドドリップされたコーヒーを求め、学生やビジネスマン、さらには長年通い詰めるオールドファンまで、幅広い世代が入れ代わり立ち代わり扉を開く。

近鉄大和西大寺駅すぐの老舗喫茶店「珈琲館 煦露粉(クロコ)」が近鉄奈良駅北側の花芝商店街に場所を移し、「cafe CROCO」として再オープンを果たしたのは2017年のこと。西大寺時代の「珈琲豆はいらんかね」の看板を覚えている方も多いだろう。移転後は、1970年代から社員としてフロアを切り盛りしてきたという2代目マスターの肥後龍也さんと、マスターと共に店を支え、移転を機に店主を受け継いだ長女の陽子さんが店に立つ。

「先代マスターがJR京終駅北側の八軒町で開業し、1973年に西大寺に移転したと聞いています。前年に複合商業施設・ならファミリーがオープンし、銀行やオフィスもあって人通りが多くなってきた時期。朝から晩まで、お店は常に満席状態でしたよ」と龍也さん。一時は近所に支店を出すほどの盛況ぶりだったという。

西大寺駅近くにあった「珈琲館 煦露粉」の店内(写真提供:肥後陽子さん)
西大寺時代は「珈琲豆はいらんかね」のフレーズも印象的だった(写真提供:肥後陽子さん)

開業当初は豆を専門業者から仕入れていたが、1990年ごろに初代マスターが独学で焙煎を学び、当時まだ珍しかった自家焙煎の店として評判を呼んだ。その技術は従業員に受け継がれ、2017年に椿井市場で独立開業した「TABI Coffee Roaster」へと繋がっていく。「今はうちの豆はすべて『TABI Coffee Roaster』で焼いてもらっています。クロコのブレンドは4種の豆を濃い目に焼いて、深い苦味とさわやかな酸味を出すんです。豆の状態にあわせて焼き加減を微妙に変え、いつでも同じ味を楽しんでもらえるようにしていますよ」と龍也さん。コーヒーは注文ごとに豆を挽き、繊細な温度管理をしながら1杯ずつ丁寧に。「ここのコーヒーが一番おいしい。場所が変わっても、ここじゃないと」と西大寺時代からの熱心な常連さんが語ってくれた。

前店の面影を残すのは、カウンター奥の棚に置かれたコーヒーミルと豆が入った瓶、そして「クロコ」の文字が入った大きなカップのみ。前店にはさらに大きなカップもあったという。「先代マスターの親戚が清水焼の陶芸家で、開店時に特別につくってもらったそうです。大きなカップは西大寺の伝統行事『大茶盛式』をイメージしたもので、店名にちなんで9,650円のコーヒーをメニューに入れていました。もちろん、冗談半分なんですけどね」と龍也さん。通常サイズのコーヒーが30杯分も入ったという特別メニューは、龍也さんが知る限りビジネスマンのグループ客が「来店の記念に」と1度注文したのみとか。カップの大半は西大寺の閉店時に常連客に譲られ、植木鉢などに活用されているそうだ。

建物の老朽化に伴って惜しまれながら閉店し、「静かで駅からのアクセスがよく、常連の方も通える」現在の場所へ。移転後はトーストやサンドイッチなどの軽食のほか、スイーツを大幅に増やし、学生さんにも優しい価格でメニューを展開する。メニューの考案や調理は主に陽子さんが担当。「前のお店の味を守りつつ、やってみたいメニューがあればどんどんチャレンジします」と陽子さんは語る。

昔からファンが多いというタマゴサンド(450円)は、白身を残さないようにしっかり混ぜ、手早く焼き上げる。塩味のフカフカ玉子に、薄切りのキュウリとマヨネーズを少々。シンプルなのに家庭では再現不可能な喫茶店の味は、今も常連さんの心をつかんで離さない。

陽子さんオリジナルの台湾カステラ(300円)は、きび砂糖とはちみつで優しい甘さに。「本場の味より、コーヒーに合うかどうかが大事。結局私の好みなんですよね」と陽子さんは笑う。

場所や内装が変わっても、コーヒーの味と訪れる人を包み込む温かな雰囲気は変わらない。街のあゆみと共に姿を変えながら「いつもの」「ここじゃないと」と言わしめる味を提供し続けている。

記事・写真:油井やすこ

cafe CROCO
住所:奈良県奈良市花芝町6-2 プラザ花芝101
電話:0742-93-6406
営業時間:8:00~18:00(モーニング~11:00)
定休日:月曜(不定期で午後から営業)
駐車場:なし
https://www.instagram.com/croco1220

最終更新日:2021/09/26

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