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今月のおやつとうつわVol.10 マドレーヌコメルシーと焼き菓子の店 moi「マドレーヌコメルシー、マドレーヌショコラ」、寺嶋綾子「角プレート」

マドレーヌコメルシーと焼き菓子の店 moi「マドレーヌコメルシー、マドレーヌショコラ」
寺嶋綾子「角プレート」

仕事に学校、家事…毎日やることいっぱいで忙しいですよね。あわただしい日々を過ごしていると、ついつい自分のことをおろそかにしがち。たまには、おいしいお菓子で自分を甘やかしてみませんか。この連載では、奈良で手に入る素敵なおやつと器をご紹介します。お気に入りのおやつセットを用意して、ちょっと一息つきましょう。


最近、季節によって空気のにおいが変わるのがわかるようになった。春や秋の初めは花の香りが立ち込める分わかりやすいが、冬の香りをしっかり感じるようになるとは思わなかった。空気の澄んだ奈良だからこそ顕著に感じられるのかもしれない。冬のにおいをかぎながらお茶を入れるのは、幼い日の夕方を思い出して何とも言えない切ない気持ちになる。冷たいにおいに混じって漂う、お皿に並べたあのお菓子の香りも、過去の記憶を呼び起こす。今回は、懐かしい気持ちに浸りたいときに食べたいフランス菓子をご紹介。

2020年5月に学園前にオープンした「マドレーヌコメルシーと焼き菓子の店moi」。店内には、ガラスのドームに覆われたかわいい焼き菓子がたくさん。その中から、看板商品のマドレーヌをセレクト。お菓子作りのレッスンを開催していた東京のフランス菓子店のレシピがもとになっており、重みと食べ応えがある。サクッとした食感と焼き菓子の香ばしさを十分に引き出すため、焦げ目がついてしまう直前まで焼いているのが特徴。バリエーションは、「マドレーヌコメルシー」と「マドレーヌショコラ」の2種類。「コメルシー」には、イタリア産の有機ハチミツがたっぷり練りこまれており、食べるとふんわりとハチミツの風味が広がる。ハチミツは主張が強いイメージがあるが、これは癖が少ないのでバターと卵の香りを邪魔しない。卵は奈良県吉野町にある「野沢養鶏」のもの。通常、鶏の飼料には魚粉が含まれているが、野沢養鶏では使用しない。魚粉を食べない鶏の卵は、特有の臭みがなく洋菓子との相性が良いのだそう。「ショコラ」には、甘さ控えめのチョコレートがかかっている。実はこのチョコレート、毎回少しずつ変えているのだとか。買うたびに微妙に違う風味のショコラが味わえる。こだわりが詰まったマドレーヌは食べ時も重要。出来立てももちろんおいしいが、日にちが経つとまた違った味わいを楽しめる。1日目にはサクサク軽やかだった食感が、2日目には一気に重みを増す。表面はザクっと、中はしっとり重厚な口当たり。その香りは時間が経っても衰えることがなく、袋を開ける前から甘い香りが漂う。日がたつほどしっとり具合は増していくので、お好みのタイミングを見つけるのも楽しみ。紅茶に浸して食べるとなると、3日目あたりが頃合いだろうか。フランスの文豪マルセル・プルースト著『失われた時を求めて』の主人公は、お気に入りのおやつを買って早々食べずに、ちょっと我慢したのかもしれない。

左:マドレーヌコメルシー(194円) 右:マドレーヌショコラ(237円)
紅茶もぴったりだけれど、ハチミツの風味と牛乳の組み合わせもおいしい。

今回は、このマドレーヌにぜひとも合わせたい!とずいぶん前から狙っていたお皿をご紹介。奈良県葛城市に工房を構える陶芸家・寺嶋綾子さんの作品。奈良県内での店頭での販売はされていないが、JR奈良駅前で毎月第一日曜日に開催されるマルシェ「奈良ノ空カラ」でお目にかかれる。冬の空気がそのまま固められたような色と柔らかな輪郭をみて、「冬の日の懐かしい記憶」という今回のテーマにぴったりだと思い、このお皿をセレクトした。どことなく和風な長方形が、造りこまれていない自然なノスタルジーを感じさせる。また、この独特の色は主に酸化コバルトという金属によって発色している。原料や作り方が同じだからといって、毎回同じ色になるわけではない。焼成温度をはじめ、様々な条件の違いによって色や質感は左右される。そこが難しくも、面白い点。これは、作り手にとっても買い手にとっても同じことなのかもしれない。また、手触り、色、質感、かたち…そのすべてが使う人に優しくあるように、と心がけている寺嶋さん。「作った器たちが使う人の暮らしの中に静かに存在して、美味しい、楽しい、大切な記憶と一緒に残ることができたら嬉しい」と語る。決して派手ではないけれど、普段の生活の中に息づき、そっと見守ってくれるような物こそ、記憶の中にあり続けるのだろう。

角プレート(小)(2,920円)
※同じタイプでも色によって少し価格の異なるものもある。
薄い茶色の縁取りがかわいい。


『失われた時を求めて』の主人公が紅茶に浸したマドレーヌの香りをかいだとたんに幼いころの記憶が呼び起こされたように、嗅覚から過去の記憶が鮮明に思い出される現象を「プルースト効果」という。きっかけとなるものは人それぞれだが、嗅覚が記憶と直結していることが理由だといわれている。おやつはもちろんだが、器でも似たような現象が起こりうるのではないだろうか。器ににおいはないけれど、日々の生活に寄り添い続けてきた器を一目見れば、小さな日常の思い出が次々と湧き上がってきそう。器に記憶を刷り込むつもりで、大切に使っていきたいと思った。

(記事・撮影/岡田菜友子)

マドレーヌコメルシーと焼き菓子の店 moi(モア)
住所:奈良県奈良市学園朝日町3-9  シティパレス21学園前102号室
電話:0742-42-6362
営業時間:11:00~17:00
定休日:月~金
駐車場:無

https://www.instagram.com/moi_gakuenmae/


陶芸家 寺嶋綾子
https://www.instagram.com/ayako.terashima/

奈良ノ空カラ
住所:JR奈良駅東口駅前広場(旧舎前広場) 奈良市三条本町
http://naranosora.jp/access.html

最終更新日:2021/12/06

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