奈良、旅もくらしも

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『きになる!きなりの郷 下北山村の文化財』冊子を作る(1)

このたび、奈良県南東にある下北山村では、文化財冊子『きになる!きなりの郷 下北山村の文化財』を刊行しました。今回「旅もくらしも」では、全三回でその冊子制作の様子をお届けします。


文化財を集めて、知ってもらいたい

下北山村では、令和2(2020)年、宝探しを通じて楽しみながら文化財に触れる「さがそう!下北山村のたからもの」というオンラインイベントを実施しました。

「ぜんきくん」や「とちくん」「とちもちお」などのかわいいキャラクターたちが、Youtubeで下北山村の主な文化財を紹介し、それで勉強したあとで、クイズや謎解きに答えていくというイベントです。主に、日本遺産「森に育まれ、森を育んだ人々の暮らしとこころ~美林連なる造林発祥の地 吉野 ~」に含まれる、下北山村の文化財を中心に紹介しました。

ところで文化財とは何でしょう?
文化財とは、人間の文化的活動によって生み出された、歴史的・芸術的・学術的価値が高いもののことです。

たとえば、以下のようなものがあります。

  • その時代ならではのデザインがある工芸品
  • 今は残っていない場所や文化のことがわかる史料
  • ある時代、どのような生活をしていたかわかる
  • 風土を感じさせる建造物や食生活、動植物、職業
  • 観賞価値が高い、その場所にしかない景観地

「この場所気持ちいいなぁ、下北山村に来たっていう気持ちになるなぁ…」と感じる場所なども、誰かが価値があると思った時点で、そこはその人にとっての文化財です。

令和3(2021)年度では、下北山村の文化財に何があるかを今一度整理し、まずは村内の皆さんに、どんな文化財があるのかを知ってもらい、関心をもってもらうための冊子を作ることになりました。

どんな文化財を集めて、どう活用していこう?

とはいえ、一言で「文化財」といっても幅が広すぎます。

今回、情報を集めて紹介する文化財をどの範囲にするべきか、どんなふうに紹介するべきか。わたしたちは民俗学に詳しい、大阪芸術大学非常勤講師、総本山金峯山寺寺史研究室長の池田淳先生に相談しました。なお、池田先生は吉野歴史資料館館長を勤められたこともあり、吉野地方についてもよくご存じです。

池田先生には様々な視点での文化財の見方、紹介の仕方などをアドバイスいただきました。たとえば、文化財の収集の仕方。今残っている現物だけでなく、なぜそこにそれがあるのか、それはどんなふうに利用されていたのかといったことも一緒に把握する必要があると話していただきました。

池田先生
「今の文化財の概念は、日本遺産や世界遺産以外でいうと、原則、言い方は悪いんだけど、地域から切り離してそれだけが指定になっている。たとえば前鬼のトチノキ巨樹群は県指定の天然記念物です。

ところが、本当は前鬼集落のところに前鬼のトチノキ巨樹群が残ったということは、僕はね、たしかにあれは天然ではあるんだけど、そこには人間の選択が絶対に入っていると思っているんです。

なぜかというと集落を維持するために、前鬼のトチノキ巨樹群だけ、つまり食料になる木だけを残して、あとのものを間引いた可能性がある。だから集落の近くにあるとんでもない巨樹群になった。ということは、そこには人の手が加えられているということになります。こういう物語、ストーリーってやつは、従来の視点でいうと、全部は語り切れていない。でもそこはほんとはすごく大事なところです。

たとえば
牛乳を温めて置いておくと膜がはるじゃないですか、あの薄い膜が指定文化財に例えると、指定文化財の背後にはものすごく大量の牛乳があります。そこに熱が加わっている、人の手が加わっている、それではじめて膜ができる。僕らはその膜のところを指定文化財だといっているけれども、膜だけでなくて、その下の牛乳の部分には、人の手が加わったところ、人の手が加わってない自然のままのところもありますから、そこは整理すべきではないかな」

また、誰に何のために紹介するかという視点も大事です。観光に来た人に「下北山村っていろいろあって素晴らしいところだな」と思ってもらうのか、訪れにくい、見づらい場所にあっても、価値あるものがあるということを伝えていきたいのかによっても、限られたページ数で紹介すべき文化財は変わってきます。

池田先生
「前鬼の集落って、簡単に行けないじゃないですか。石ヤ塔なんかもすごい絶景です。でも道が危なくて観光資源として見出すには、今はちょっと難しい。でも下北山村の自然とかを語るうえでなくてはならないものだとすれば、じゃあこれを誰向けにどういう言い方で紹介するか。」

文字資料を追うだけでなく、人から話を聞くことも大切です。

池田先生
「地元の方にお話しを伺うと『うちの村には書いたものがないから何もないんだ』っておっしゃるけど、伝えられていることに勝るデータはないので、胸をはって言ったらいいんです。誰か一人が正解で、あとはみんな間違ってるとかいうもんじゃないんですよ、全部ほんとなんです。その人はそう聞いたんです。違う中に、何が軸として残っているのかというところが重要。地域のみなさんも自信をもって語れる、「書いたものがない」ってどうしてもよく言われるんですよね。でも書いたものが正しいわけでもないんですよ。

地域の皆さんだけでもだめだし、研究者だけでもつまんない。そこの両方のバランスをとる、両方の意見を吸い上げて物語の展開をしていく人が必要な気がします。文化財行政の担当者は、どうしても研究者を大事にしてきてしまってきていた。どうやって両方の意見を組み込んで全体を見ていくかが課題です」

他にも

  • 『下北山村史』や資料を今一度読み直し、書かれている内容を棚卸する
  • 古文書を読める人に読んでもらい活字化する
  • 古い家をまわり、各家庭に残る古文書に何があるかを写真撮影し、目録を作る(引っ越しの際に廃棄されて失われる場合が多い)
  • ダムが建設される前と建設されたあとの変化に注目する

などもアドバイスをいただきました。

紹介する文化財の候補をできるだけ集める

今回の冊子は、下北山村の教育委員会で発刊します。
中心になってくれているのは、下北山村教育委員会の阪本さん。まずは本や写真などの資料をたくさん集めてくれました。

全ての資料に目を通し、文化財に数えられそうなキーワードの概要をまとめていきます。

昭和48年発刊の『下北山村史』は、地元の人のインタビューも方言そのままに書き起こされており、常時居住する人がいなくなってしまった前鬼地区や、ダムで水没した地区の地図などもあり、古い文化財の把握にはかかせない資料です。

しかし、『下北山村史』には昭和48年以降の情報が掲載されていません。他の資料も多く参照し、精査するよりもまずはできるだけ数が多くなるよう、様々な文化財をリストアップしました。

また、文化財としての価値があるかどうかを判断するためには、下北山村で、どの時代に、人々がどのように暮らしていて、どういう事件が起きたのかを知る必要があります。並行して、年表もまとめます。

すでに文化財として評価されているものはもちろんのこと、下北山村にかかわる人々や、無形文化財(まつりや食生活、イベントなど)についてもリストにあげました。

こうして様々な項目をリストに上げ、今回はどの文化財をどのように紹介していくかについて、まずは精査することになりました。(2)に続きます。


※『きになる!きなりの郷 下北山村の文化財』冊子は、下北山村のWebページでPDFを公開しています。冊子の入手をご希望の方は、下北山村役場教育委員会(電話/メール)までお問合せください。

最終更新日:2022/02/15

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