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スパイスとお菓子 すきずき

 突然ですが、皆さんは「スパイス」と聞いて何を思い浮かべますか?また、何に使われるイメージがありますか?私は、辛みを出したり臭みを消したりするもの、という印象があり、真っ先にカレーが浮かびました。スパイスカレーにハマっていた時期もありまして……。あ、黒胡椒味のおせんべいも、バジルたっぷりのジェノベーゼも、ガパオラオスも大好きです。あれ、そもそもスパイスって、辛いものだけに使われるんでしたっけ?ある店の出会いによって、そんな私のスパイスに対する考え方が変わりました。

 信貴山のふもとに位置する三郷町。閑静な住宅街の一角で女性店主が営む洋菓子店があります。お店のガラス扉を開けると、焼き菓子の香りが広がります。でも、砂糖の甘さだけじゃなくて、ちょっと複雑でピリッとする香りもするような……。このお店の名前は「スパイスとお菓子 すきずき」スパイスやハーブを使った焼き菓子の専門店だそうで――。

 バターケーキやサブレ、ビスコッティ、ラスクといった美味しそうな手作りの焼き菓子たちが、一畳ほどの販売スペースに並んでいます。わぁ!おいしそう。手作りの焼き菓子が並べられています。一見普通の焼き菓子かな、と思いきや、品名を見てみると、すべてのお菓子にスパイスやハーブが入っているというのだから、びっくりです。

 店主の守屋洋夏さんは、はにかんだ笑顔が印象的な方でした。2020年12月にオープンし、約1年。製造、販売、経営すべてをひとりでされている守屋さんは、店を切り盛りするだけでなく、県内外のイベントにどんどん出店し、着実にファンを増やしています。私もイベントで出会い、守屋さんの人柄とその時に買って帰ったシュガーラスク(270円)に感動しファンになりました。

 私が食べたシュガーラスクには「アニス」というスパイスが使われていたのですが、このスパイスは優しい甘い香りがします。瓶に詰めたスパイスの香りをかいだ時も甘くていい香り、と感じたのですが、なにより食べている最中に香りの甘さを強く感じたのです。サクサクと軽い食感を楽しみながら、喉から鼻に抜ける豊かな香りに大興奮。守屋さんがおっしゃった、「香りを食べるお菓子です」の意味が、食べて初めてよくわかりました。香りをぎゅっとお菓子に閉じ込めて、サクッと食べた瞬間ほどけるように広がるアニスの香り。虜になりました。そして数日後に偶然、某NHKの番組で紹介された焼き菓子のレシピに、アニスパウダーが登場していたのを見ました。海外では、スパイスを使ったお菓子というジャンルがあるくらい、スパイス×お菓子はメジャーなのだそうです。

 守屋さんは、元々ご実家のマンションの1階にパン屋さんがあったことも影響し、子どものころからパン屋さんかお菓子屋さんになる!という夢があったといいます。ですが、進学した高校は普通科。理系に進むコースだったのですが、やっぱり夢を捨てきれず、製菓の専門学校に行くことを決意。生まれ育った奈良でお菓子屋を開く、と心に決め、専門学校を卒業後、生駒市のケーキ屋「川端風太朗」で修行をされ、その後東京のカフェやホテルを経て、奈良に戻り結婚式場で働きました。

 製菓の仕事をしながら、自分が開きたいお店について考えていた守屋さんは気づいたのです。スパイスを使ったお菓子が好きだということに。アップルパイ、シナモンロール、チャイ、ホットワイン――。これまで自分が好きで選んできたものにはスパイスやハーブが入っている。なにも製菓って生クリームのケーキだけじゃない。スパイスを使ったお菓子をやりたいと。

 そこから、守屋さんは働いていたお店で試作をします。でも、カルダモンのラスクを作った時、職場の人たちからは不評でした。置きたかったお菓子が置けなかった。作りたいお菓子を作らせてもらえなかった。自分はこんなに美味しい!と思うのに、なぜ、理解してもらえないのか。それでも守屋さんは「自分はスパイスを使ったお菓子のお店がしたい」という気持ちを決して曲げず、諦めませんでした。いつか絶対スパイスとお菓子の店を開くぞ、と心に決めたのです。

 開業する前の最後の職場では、まかないからヒントを得ました。料理にはこんなにスパイスを使うのに、お菓子には使わないなんてもったいない。きっと、もっと、新しくて美味しい組み合わせがあるはず。スパイスとお菓子の組み合わせを追及しながらコツコツと開業資金を貯め、ついに、「スパイスとお菓子 すきずき」が誕生したのです。

お菓子屋さんというお客様商売で、万人受けを狙わない、いわゆる「ニッチ」と捉えられがちな焼き菓子を作る。みんなが好きなものでなくても、好きなものは好き。きっとその美味しさを共感できる人はいるはず。店名はことわざの「蓼食う虫も好き好き」から着想を得て、「スパイスとお菓子 すきずき」。守屋さんの信念そのものを込めました。

 「おためしおかし チーズ&ラベンダー」(250円、写真左)は、ラベンダーの香りがそこまで得意でない私でも食べられたバターケーキです。食べるイメージが湧かなかったのにあら不思議、たしかにラベンダーの香りなのですが、食べ物の香りなんです。フィナンシェやマドレーヌに近い食感で、甘さも強すぎません。

 そして中でもやみつきになったのが「おつまみビスコッティ コリアンダー×かつおぶし」(270円、写真中央)。コリアンダーはパクチーという名前のほうが馴染みが深いでしょうか。絶対スイーツの商品名だと思わないような組み合わせ……。ちょっと冒険、と一口食べてみたら、なにこれめっちゃ美味しい!ザクザクのビスコッティを噛むほどに和の風味がじわじわと広がり、そこにかすかなパクチー感。パクチーが苦手な人でもこれなら絶対いけると思うくらい、かすかなんですが、ちゃんと存在感はあります。

 「ひとくちチョコ 馬告・マーガオ」(320円)。小さくカットされた薄い板チョコがカップに入っています。台湾原産の山胡椒で、まだ日本に伝わって間もない新しいスパイスだそうです。小さなサイズだけどピリッと感が少し強くて、粒が入っているのがしっかり感じられます。これは正直、好き嫌いがハッキリ分かれるかも、と思いました。私はとっても好きな風味で、1カップをすぐにぺろりと食べちゃいました。苦手な人は苦手かもって思っても、それでいいんです。全員が美味しいって思う食べ物なんてきっとありません。まだまだ知らない、出会ったことのない「美味しい」を見つけられる、そんなお店です。

 スパイスやハーブの効果効能についてはまだまだ勉強中という守屋さん。「スパイスのお菓子」だけでなく、ゆくゆくは、スパイスそのものを取り扱うこともしていきたいという野望があるそうです。今後のさらなる活躍に目が離せません。

(文:才治 朋子)

スパイスとおかし すきずき
住所:奈良県生駒郡三郷町立野南2-15-33 メゾン大和1F
電話:0745-47-1834
営業時間:13:00~19:00
定休日:日・月曜(イベント出店日は臨時休業あり)
駐車場:店舗前駐車スペース有
WEB:https://instagram.com/sweetsofspice

最終更新日:2022/03/11

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