奈良、旅もくらしも

【連載】奈良さんぽ「第9回 風薫る明日香にて」もりきあや


雨上がり、ある月曜日の朝。息子(小2)の登校時、途中まで送っていくのが日課である。往復20分ほどの散歩道。4月から近所の1年生男子が3人加わって、今日も元気いっぱいに一日が始まる。一人が突然その場でぐるぐる回り始めてなかなか前に進まなかったり、途中で合流する友達のピンポンを誰が押すかでもめたり。毎朝フルスロットルである。

気持ちよく晴れた日は、ことさらだ。楽しそうに話しているから「ほら、早く行くよー!」と声をかけたら、次の瞬間全速力で走り出して、あっと言う間に追い抜いていく。小さい体で大きなランドセルを背負い、重たい水筒を肩からかけ、さらに走れるそのパワーはどこから? どんどん溢れてくる。この子たちのエネルギーは無限なのだろうか。登校だけで電池が切れてしまわないか、母ちゃんは心配だよ。

2022年の春は私たち家族にとって特別なものとなった。皆さんご存知の流行病。その影響で、春休みが始まるのとほぼ同時に10日間の療養合宿へと突入した。お陰様で家族全員が順調に快復し、日常に戻ることができて有り難い。毎日の三食に頭を抱えたり、なんとか有意義に過ごそうと躍起になったりしたが、平和ゆえの幸せな悩みだったなと思う。

ようやく空の下に出られたとき、近所のサクラが満開だった。そうこうしている内に新学期が始まり、光陰矢のごとし。日増しに気温は上がり、愛し我が家のハナミズキに雨の滴がきらめいているのを見ていると、季節を飛び越してしまったような気分になる。

大淀にある道の駅までバラの鉢植えを買いに出かけた週末。母の提案で、牽牛子塚(けんごしづか)古墳へ寄ることにした。臨時駐車場で車を降り、整備前に行ったことがあるからと、物知り顔をして「こっちやで」と皆を誘導した私。……自分がどうしようもない方向音痴で、地図を見ながら反対に進んでしまうほどであることを忘れていた。なかなか着かず、「この道はどっち?」と娘に聞かれても「さあ…」と答える無責任さである。途中、畑仕事をしていた地元の方が「どちらに? 牽牛子塚ですか。それはまたえらい遠回りで行くことになりましたな(笑)」と、道順を丁寧に教えてくださった。感謝。汗をにじませながら(母は吹き出す汗を拭いながら)歩き、やっと着く。素直に行けば、すぐにそれとわかる場所に出られたのに。

牽牛子塚古墳は、近鉄飛鳥駅から西に約700メートルのところに位置している。ここは古代における「越智岡(おちのおか)」。対辺が約22メートルの八角墳であること、そして石室内に2つの墓室があることで知られている。墳丘がアサガオの花のような多角形であることから、かつては「あさがお塚」と呼ばれていたそうだ。

五月晴れの青空に、凝灰岩切石で復元された白い墳丘が眩しい。墳丘の周囲も美しく整備され、明日香村の緑豊かな風景と相まって、清々しい空間だ。この墳墓には飛鳥時代を燃えるように生きた女帝、斉明天皇とその皇女が合葬された可能性が高いという。牽牛子塚古墳の南東からは、新たな方墳・越塚御門(こしづかごもん)古墳も発見された。

私が展望広場に登って風景を満喫し、模型広場でふむふむと考えごとをしている間に、みんなに置いていかれてしまった。私も行かなくちゃ。吹き抜ける風が心地よい。ふと頭上から降り注ぐウグイスの美声は、すっかり熟練の麗しさ。電線では2羽の親ツバメが、キュリキュルとおしゃべりしていた。


執筆者紹介

もりきあや
奈良市在住。ライター・編集者として活動する中で、地元である奈良の魅力に気づく。新聞の県版でコラムの連載、カルチャーセンターで奈良を案内しながら、さらにどっぷりはまっていく。この連載でさらに奈良が好きになる予感。著書に『おひとり奈良の旅』(光文社知恵の森文庫)。

最終更新日:2022/05/21

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