奈良県観光局では地域の課題解決と持続可能な発展をめざし、「奈良の観光地域づくり」について取り組んでいます。奈良県庁の思いや、地域のキーパーソンのインタビューを掲載していきます。
※本記事は月刊奈良2025年1月号で掲載した記事と同じ内容です。
私は日本の筆発祥の地・奈良で300年以上の歴史を持つ「あかしや」の13代目を務めています。当社は1716年、奈良の餅飯殿付近で創業し、筆づくりを始めました。かつて今井町( 橿原市) にいた筆の職人たちは春日大社や東大寺の近くに移り住み、現在の奈良市に筆づくりの新しい拠点を形成しました。この土地の伝統が今の私たちを支えています。
筆という道具は、ただの筆記用具ではありません。書道や絵画、化粧用、さらには心を落ち着けるツールとして、多くの役割を果たしてきました。
私は、筆づくりの核となるのは、筆を通じて人々が何かを感じ、体験することだと思っています。筆ペンやそのインク色など、時代に合った商品を作りながら、作ったものを販売するだけでなく、筆づくりの体験や書道ワークショップも行っています。
その中で印象的だったのは、海外からの観光客が「書くこと」の楽しさを発見してくれた瞬間です。筆を作るだけではなく、実際に使い、自己表現ができる道具だと体感してもらうことが、筆文化を未来につなぐ大切な取り組みだと感じています。
しかし、伝統工芸を取り巻く環境は年々厳しくなっています。少子高齢化やライフスタイルの変化に伴い、筆を使う機会が減少しているのは事実です。それでも私は、「筆を通じて心を豊かにする」という思いを絶やさないよう努めています。最近の試みとしては、筆の技術を様々な分野に応用し展開できるよう、新しい可能性を模索しています。
奈良という土地もまた、筆の文化と切り離せません。奈良市の一部エリアだけでなく、もっと多くの人に地域全体の魅力を知ってもらいたいと考えています。筆づくりや写経等を体験する機会を作り、奈良でしか味わえない時間を提供したい。そのために、私はこの地で筆を作り続けています。これからも「あかしや」と奈良の筆文化を次世代に伝える(継承する)ために、さまざまな挑戦を続けていきたいと思っています。伝統を守りながら新しい価値を生み出し、筆が持つ力を信じて進んでいきます。
株式会社あかしや 代表取締役社長 水谷豊さんProfile
1992年株式会社あかしやに入社、2003年同代表取締役社長に就任。一般社団法人大阪文具工業連盟 副理事長。奈良毛筆協同組合理事長。
最終更新日:2025/03/13