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ボストン美術館共同企画 特別展「南都仏画―よみがえる奈良天平の美―」

 2026年7月18日(土)から9月13日(日)まで、奈良国立博物館でボストン美術館共同企画 特別展「南都仏画―よみがえる奈良天平の美―」が開催されています。

 「日本仏教美術の原点にして頂点、奈良に生まれた「南都仏画」、史上初の大展覧会」と銘打たれた本展には、国内外を問わず、南都仏画が一挙集結。会期はすでに終盤に差し掛かっていますが、今一度、その見どころを紹介します。


奈良の宝はフェノロサが絶賛した「世界の至宝」

 これは、1888年(明治21)、奈良の浄教寺で行った講演「奈良の諸君に告ぐ!」の中で、アーネスト・F・フェノロサが語った言葉です。

 フェノロサはアメリカの哲学者・美術史学者です。岡倉天心らとともに、日本の工芸品を西洋近代の「美術」という視点から評価し、その価値を国内外に伝えました。彼らの活動は、明治の神仏分離政策や廃仏毀釈によって危機に瀕していた仏教寺院ゆかりの文物が、宗教的な視点とは異なる、「美術品」「文化財」という新たな視点で評価されるきっかけとなりました。

 フェノロサは、帰国後にボストン美術館の初代東洋部長に就任します。彼をはじめ、岡倉天心やウィリアム・スタージス・ビゲローらの収集・研究活動によって、同館には世界有数の日本美術コレクションが形成されていきました。そこには、南都ゆかりの貴重な仏教美術も数多く含まれています。

 奈良国立博物館とボストン美術館は長年研究交流を重ねてきました。本展は、そうした交流の中で生まれた約20年にわたる構想を経て実現した、国際共同企画です。


「南都」「南都仏画」とは?

 8世紀、現在の奈良市の場所には都・平城京が営まれていました。794年、都は平安京に遷都します。かつての都・平城京の地は、新都の南に当たることから、「南都」と称されるようになりました。

 都が平安京へ遷っても、東大寺、興福寺、薬師寺などの大寺院は残ったため、南都は、仏教色の強い都市として引き続き栄え続けました。

 本展が紹介する「南都仏画」とは、こうした南都の寺院で礼拝され、古代から連綿と受け継がれてきた仏教絵画です。なお、本展では、絵画だけでなく、絵仏師たちが彩色した仏像や関連する史料も豊富に展示されています。仏像を納めるための厨子に描かれた仏画なども、見ごたえがあります。


法隆寺金堂壁画で学ぶ、日本仏画のはじまりと、文化財の保存

 第1章で紹介されている「法隆寺金堂壁画」は、日本を代表する古代仏教絵画の一つです。

 法隆寺の金堂壁画は、7世紀後半~8世紀前半に金堂内で描かれた、色鮮やかな壁画です。力強い線描と豊麗な彩色による雄大で理想的なほとけの姿を示す名品で、日本で初めての本格的な仏画様式がここに確立したといってよいものです。アジア仏教絵画史上の最高峰に位置づけられています。

 フェノロサや岡倉天心も日本美術の精髄として高く評価していましたが、昭和24年(1949)、火災により焼損してしまいました。しかし、明治期にはその価値は認められていたため、焼損より以前に、模写と写真撮影が行われていたのです。

 今回は、絵師による模写や関連品だけでなく、焼損前に撮影された写真ガラス原板に記録された色情報を元に高精細なカラーで復元した映像を紹介しています。従来の復元のように人間の記憶や感覚に頼るのではなく、最新の写真科学技術によって復元された初公開の映像です。

第一章では法隆寺金堂壁画内をイメージした空間を設け、壁画に囲まれたエリアの中央には、国宝「伝橘夫人念持仏厨子」の阿弥陀三尊像と厨子がそれぞれ展示されている(飛鳥時代(7~8世紀)/奈良・法隆寺)【通期展示】
重要文化財法隆寺金堂壁画写真原版(第六号壁)からのカラー復元画像 全図(カラー復元画像:富士フイルム 写真原板:法隆寺、便利堂)。
8章最後の展示映像で公開されている。
重要文化財「刺繍釈迦如来説法図」(中国・唐または飛鳥時代(7~8世紀)/奈良国立博物館)【前期展示のため終了】。絵ではなく、刺繍で表されている。法隆寺金堂壁画との類似性があり、両者が同じ図様を下絵にしたことがうかがえる。

時代と場所を超えて、南都仏画が集結

 南都仏画は、国内各地に散らばっただけでなく、海外に渡ったものもあります。今回は、ボストン美術館が所蔵する、南都ゆかりの仏画13件も一挙に里帰り。国宝19件、重要文化財69件を含む国内選りすぐりの仏画・仏像を合わせた計171件を通じて、日本仏画の黎明期である飛鳥時代のものから近代に復元されたものまで、南都仏画の歴史をたどることができます。

 南都仏画の特色は、初唐の大陸の絵画技法を導入しながら形づくられた、力強い線描と明快な彩色が生み出す理想的なほとけの姿にあります。そのほとけの姿が、各時代ごとの新しい図像や絵画技法を取り入れながらも、描き継がれてきたのです。

 たとえば、今回の展示では、ボストン美術館から「釈迦霊鷲山説法図(法華堂根本曼陀羅)」が来日しています。

「釈迦霊鷲山説法図(法華堂根本曼陀羅)」(奈良時代(8世紀)/アメリカ・ボストン美術館)【通期展示】

 南都仏画の規範となり、「根本」となった作品であるため、「根本曼陀羅」とも称されます。(ちなみに、背景に描かれた山水表現は、8世紀の山水画がどのようなものだったのかを伝える世界で唯一の作例ともいわれており、アジア美術史の観点からも価値があります。)

 国宝「倶舎曼荼羅」(平安時代(12世紀)/奈良・東大寺)【展示期間:8月25日~9月13日】も、平安時代の絵師が天平時代の意匠を意図的に引用して描いたと考えられています。8月25日以降は同室内に展示されており、この二つを同時に鑑賞できる貴重な機会となっています。

 平安時代の南都では、京都の絵仏師によって描かれたとみられる平安仏画も広く受容されました。南都には、摂関家・藤原氏の氏神をまつる春日大社と、氏寺とまつる興福寺があったこともあり、皇族や貴族が南都を参詣することも多く、都で流行する文化が奈良にもたらされました。

 一方で、平安仏画の特徴を取り入れながらも、奈良時代以来の図像を守り伝える、南都独自の絵画形式も引き続き受け継がれました。東京国立博物館所蔵の国宝「普賢菩薩像」は、平安仏画を代表する名品ですが、「奈良の某古刹」に伝来したとする記述が残されています。

国宝「普賢菩薩像」(平安時代(12世紀)/東京国立博物館)Image:TNM Image Archives【展示期間:8月18日~9月13日】

 また、平家による南都寺院焼討ち後、鎌倉時代になると、教学復興の中で、奈良時代の天平仏画が再び注目されるようになりました。この時代には、南都を拠点とする「南都絵所」と呼ばれる仏画工房の絵仏師たちが仏画のみならず、仏像の彩色なども担っていました。本展では、重命や命尊など、中世に活躍した絵仏師についても紹介。南都仏画ならではの鮮やかな作品たちに出会えます。

奥:「最勝曼荼羅」(室町時代 文安元年(1444)/奈良国立博物館)【通期展示】。興福寺の祈雨の法要のために描かれた。画風から、吐田座絵師の作風と思われる。
中央:重要文化財「慈恩大師像」(平安時代(12世紀)/奈良・興福寺)【前期展示のため終了】、右:重要文化財「釈迦三尊像」(鎌倉時代(13世紀)/奈良・西大寺)【前期展示のため終了】、左「法相曼荼羅」(鎌倉時代(14世紀)/奈良 薬師寺)【前期展示のため終了】。法相宗寺院では、平安時代から、慈恩大師の忌日である11月13日に慈恩会が営まれる。
この慈恩大師像の仏画は慈恩会で懸けられるもので、後期は国宝「慈恩大師像」(平安時代(11世紀)/奈良・薬師寺)が展示されている。

 南都仏画が明治以降に美術品として評価されるようになってからは、保存事業の一環として模写される一方で、新しい美を生み出すための着想の源にもなりました。本展では、全体を通し、時代ごとに南都仏画が描き継がれていく様子を感じることができます。


まぼろしの大寺、内山永久寺ゆかりの作品をこの目で

 内山永久寺は、 現在の奈良県天理市にあった、永久2年(1114年)に鳥羽天皇の勅願によって創建された寺院です。石上神宮と関連の深い大寺院であり、その荘厳さは「西の日光」と呼ばれるほどでした。

内山永久寺の境内(『大日本名所図会 第1輯 第3編 大和名所図会』(大正8年)(国立国会図書館)を補正)

 しかし、明治初年の神仏分離政策と廃仏毀釈の波により、豪奢を極めた堂宇はなくなり、廃寺となってしまったのです。現在は本堂池だったといわれる池が残るのみです。周辺の畑が平面に整地されており、建物があった区画跡かとおぼしきものを感じることができますが、廃寺になったのがたった約160年前とは思えないほど、一般的な田畑の風景になり果ててしまっています。

 本展の第5章では、その内山永久寺の寺宝が邂逅を果たしました!
 現在は東京・世田谷山観音寺の所蔵となっている重要文化財「不動明王および八大童子像」が9軀そろって奈良に里帰りしており、出迎えてくれます。内山永久寺の過去と現在を知る人であれば、胸が熱くなる展示です。

重要文化財「不動明王および八大童子像 康円作 重命彩色」(鎌倉時代 文永6年(1269)作・文永9年(1272) 彩色/東京・世田谷山観音寺)【通期展示】
内山永久寺真言堂の配置復元図

 多数の仏像や絵図が、まぼろしの大寺の在りし日の姿と、仏師・絵仏師たちが技を競い合ってほとけの世界を作り出していた時代を想像させてくれます。

 そして、750年近い歴史をもった大寺が、時代の価値観の変化によって不要とされ、「まぼろし」「消失」と言われるほど跡形もなく無くなってしまった。その事実について、いま一度考えさせられます。


まとめ

 本展は、日本仏教美術の原点にして頂点、奈良に生まれた「南都仏画」、史上初の展覧会です。
 それと同時に、焼損してしまった「法隆寺金堂壁画」や、廃仏毀釈をきっかけに消失してしまった「内山永久寺」が大きく取り上げられており、様々な危機にさらされる文化財を残すために、「過去から未来へ伝えたい」「残したい」と願い、描き伝える努力を続けることがどれだけ重要かを感じられる展示でもあります。

 しかし、文化財保護の重要性について日本で議論されるようになったのは、明治以降、近代からのことです。おそらく古代から近代まで、天平のほとけを描き継いできた絵師たちの多くは、「文化財だから」という理由で描いたのではないはず。フェノロサは、講演「奈良の諸君に告ぐ!」の中で、次のようにも述べています。

 絵師たちの篤い信仰と、心の深いところから生まれた「ほとけの美しさ、ほとけの世界の美しさを表したい」「広めたい」という願いが、技術となり、造形に反映され、それらが生み出された。その願いがそれらを現在まで遺す力になったのではないでしょうか。


特別展と合わせて見たい!

写真展「光彩陸離-南都を彩るほとけたち-」
奈良国立博物館の歴代4名の写真技師が撮影した文化財写真を紹介。今回の特別展の出展作品を含む、南都の仏画・仏像の彩色や截金文様などに焦点を当てた写真を展示しています。細部まで鑑賞することができます。
会期: 令和8年(2026)7⽉17⽇(⾦) 〜令和9年(2027)3⽉14⽇(⽇)
場所:奈良国立博物館 地下回廊
料金:無料 

奈良国立博物館 仏像館
通常は金峯山寺仁王門に安置されている金剛力士像が、仏像館で特別公開されています。特別展の観覧券で御覧になれます。


■ボストン美術館共同企画 特別展「南都仏画―よみがえる奈良天平の美―」
会期:2026年7月18日(土)〜9月13日(日)
※【前期】7月18日(土)~8月16日(日)【後期】8月18日(火)~9月13日(日)
休館日:毎週月曜日
会場:奈良国立博物館 東西新館
開館時間:9:30~17:00、毎週土曜日は19:00まで(※入館は閉館の30分前まで)
観覧料:一般 2,200円、高大生 1,500円、中学生以下 無料
※本展の観覧券で、名品展(仏像館・青銅器館)もご覧いただけます。

(文:伊藤妙/写真:伊藤妙・生駒あさみ)

最終更新日:2026/09/01

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