奈良、旅もくらしも

【連載】奈良さんぽ「第1回今日はおさんぽ日和」もりきあや

奈良盆地を囲む青垣が微笑みだした。いつもより早く咲いた桜が、渡る風に揺れる平城宮跡。大極殿の鴟尾が日に反射してキラキラしている。空が、広い。なぜだろう。いつもの景色なのに、ふと胸に迫るものがある。

奈良に暮らして40数年。思えば長いお付き合いの平城宮跡。幼い頃の記憶では、ツクシやセリがあちこちに生え、大きな建物は何もない、広い原っぱだった。バス停のベンチの下に、大きな青大将が寝ていたこともあったっけ。変わったこともあるけれど、正月には今も凧揚げをしにきている。母が私を連れて散歩したのは、古墳が列なる静かな道や、秋篠寺へ続く道。やがて私も親になり、子どもたちと同じ道を歩き、近所の神社にお詣りする。小さな世界ながら、その中で繰り返される愛しい日々。

大極殿の北にある佐紀神社は、池を隔てて東西2社に分かれているが、私が参るのはいつも東の佐紀神社。このあたりはかつて超昇寺があり、村名にもなっていた。村が分割される際に、神社も分霊されたそうである。地元の小さな神社なので、普段はほとんど参詣者はいない。だけれども、境内は掃き清められていて、大切にされていることがわかる。守ってくれる神様を、守っている人がいる。そっとマスクをとって、深呼吸。湿り気を帯びた、木と土の匂いが思い出を呼び覚ます。

娘がまだ小さかった頃、何度も一緒に来た。境内に入り階段を登るごとに、周りを囲む木々から、鳥の声が降り注いでいた。拝殿前、娘は狛犬が怖いらしく、少し離れたところでのご挨拶となった。「2回おじぎをして、2回手をたたいて、もう1回おじぎするねん」と伝えるが、3礼、いっぱい拍手、1礼、プラス「おはようごじゃいま~す」だった。

あれからまだ10年も過ぎていないけれど、ずいぶん懐かしく感じる。毎週末、私の取材に付き合っていた娘は、今では愛読書が古事記。これから10年、我が家にも、ふるさとにも、世界にもいろいろな変化があるのだろうなぁ。

月日が経てば変化はあるものだけれど、その中に見える変わらないこと。それを見つけるのが、私は好きだ。特別な場所じゃなくても、教科書に載るような歴史じゃなくても、今いるこの足元に、どんな人たちが、どんなことを思って生きてきたのか。そんなことに思いを巡らせたり、うかがい知るためのかけらを集めたりすることは、とても楽しい。

この連載では、ふるさとである奈良をのんびり歩き、日常の風景、時間を紹介していきたい。

特別ではない、何でもない日の、奈良さんぽ。いろいろな場所を歩きながら、その季節ならではの音や匂い、温度や風を書きとめていきたいと思っている。よければ、あなたもご一緒に。


執筆者紹介

もりきあや
奈良市在住。ライター・編集者として活動する中で、地元である奈良の魅力に気づく。新聞の県版でコラムの連載、カルチャーセンターで奈良を案内しながら、さらにどっぷりはまっていく。この連載でさらに奈良が好きになる予感。著書に『おひとり奈良の旅』(光文社知恵の森文庫)。

最終更新日:2021/04/01

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