文・タイトル絵/青木海青子
東吉野村は奈良県の東に位置し、隣県の三重にほど近い山村です。川の水が澄んでいて、静かで美しいところです。私たちは2016年よりこの山村で暮らしてきました。山の暮らしの中でそれまで知らなかった習慣や行事、言葉、感覚に出会い、ワクワクして、誰かに話したくなりました。そんな訳でエッセイとして、暮らしの中で見聞きしたものを留めたり、調べてみたり出来たらと考えたのでした。
三が日を過ぎて新年ムードも落ち着いた頃、回覧板が回ってきて、今年は1月15日に「とんど」決行とのことでした。「とんど」または「どんど」とは、正月飾りや御札、書き初めを燃やす全国的に見られる行事で、田んぼで行うことが多いようです。
私はベッドタウン育ちでそうした行事とは無縁に過ごしてきたので、とんどという言葉自体、学生時代にはじめて知りました。東吉野村は川と山に挟まれた土地柄、田んぼがありません。河原でとんどをしている風景をよく目にします。『東吉野の年中行事』を手にとってみると、「どんど」の欄にこのような記述を見つけました。
14日の夕方、神祭りに用いた注連縄、門松、その他お祭り用品を、古くなった祠やお札を併せて持ち寄り、垣内単位にどんどを燃やす行事は、現在も東吉野村では広く行われている。神祭り用品を他の台所不用品等と同様ゴミとして扱うことは不浄と考え、杉葉や丸太を集めた神聖などんど火によって処分することを考えたものだろう。…
『東吉野の年中行事』(東吉野村教育委員会, 1985) p.14]
うちの垣内(※1) では、高齢化や垣内内の世帯数の少なさ等もあり、河原の上の駐車場でドラム缶に竹をあしらって、簡略版のとんどを行います。(ドラム缶の中身は、杉葉や丸太、竹を入れて焚いています。)日にちも参加できる世帯の都合に合わせ、毎年変わります。近隣では、クリスマス前から伊勢街道の道標やお地蔵さん等の祠も注連縄や門松、南天などで飾るので、燃やすものが色々あります。当館も鷲家地区の八幡神社の氏子なので、毎年配られる花飾り(お祭りの時に皆で作り、一年間、円状にして玄関等に飾っておくもの)や、御幣を燃やすのに、とんどへ出かけます。この日も川沿いを歩いて、いつもの駐車場まで行くと、近所のお父さんが三人でドラム缶を準備していました。
(※1)垣内(かいと):回覧板を回したり、周辺の清掃をする地域自治の最小グループです。鷲家地区には 十数個の垣内があり、それぞれの垣内に「河合垣内」というように、名前が付いています。
以前は駐車場の近くに住んでおられるご夫婦もとんどに来ていて、お菓子を配ったりしてくれたのですが、昨年村を出られたのでもういらっしゃいません。火を点けながらお父さんたちも、「もう来る家も少ないし、来年から鷲家全体で一個のとんどにしてしまうかー」と話しておられて、少し寂しくなりました。黒くなった笹が一気に舞い上がるのを見ながら、私が昔の話を尋ねたがるので、垣内の方々が以前のとんどの様子をお話してくれました。
「前は河原に降りて、もっと大きな竹やら丸太組んどったよ。年寄りが河原降りるのしんどなってきた言うのもあってな。昔は午後から焚いとったから、半日ずっと燃やしとったわ。餅焼いたりもしたな」「小豆粥焚いたりもしたんよ。小豆入れて、とんどの火で焚いとったなあ。今食べたら、あんまり美味しないやろけど、そん時は美味しかったわ」とご近所のお母さん。このお話を受けて『東吉野の年中行事』を見返すと、こんな様子が書かれていました。
…大人へはお神酒、スルメを接待し、子ども等へは菓子袋(学用品)を買い求めて渡された。14日の夕刻、その年の恵方を焚き口として、垣内の年行立ち会いで火入れが行われる。…用意された竹竿の先に餅をさし込んで、まわりから餅焼きを始める。…どんど火、又は燃えさしは、帰りに持ち帰り15日の小豆粥の小豆を煮る種火とするのが通例である。…
『東吉野の年中行事』(東吉野村教育委員会, 1985) p.15
その年の恵方から火入れする、という習わしは、うちの垣内の方々は聞いたことがないようでした。火入れではないのですが、隣町の菟田野に実家がある友人が以前、「うちの近所のとんどは、最後その年の恵方に倒してるんやって。ずっと住んでたけど知らんかったわ」と話してくれたことがありました。
「七草も、集めてこい言われて行っとったな。今は集まらんし、スーパーで買うとるけどな」と言ったのは、ご近所のお父さん。昔の当館周辺の写真を見ると、今ほど木々が覆い茂っておらず、日当たりも良さそうです。植生も今と昔では大違いのようです。当館の大家さんもお会いした時に、「昔は縁側に日がよく当たったから、母が布団を干していた」とか「山にはもっと色んな木々があって、栗を取りに行ったりした」と語っていました。
七草粥に関しては、『ふるさとの味:東吉野』という郷土食の本を所蔵しているので、後から調べてみました。
一年で最も青菜が少ない頃、無病息災を願い、春の七草の内いく種類かを、前々日の五日につんで、7日に粥を作って食べる。(6日はお姫さんが摘むと言ってさけられている。)…
『ふるさとの味:東吉野』(東吉野村教育委員会, 1984) p.9]
いわれ自体は他の地域と大体同じだと思いますが、「6日はお姫さんが摘むと言ってさけられている」というのは、はじめて目にするものでした。また、この後に続くレシピを確認すると、七草の内の数種と米に加え、小松菜、白菜、餅、味噌、塩をいれるのだそうで、結構ボリュームがありそうです。
こんな話に花が咲き、とんどの火が燃え尽きる頃には、「来年はまた河原にすっか。木は小さいの組んで」ということになっていました。「河原でするなら、何か食べ物持ってこか」という声も。
村の昔の様子を知るのは、本当に楽しいです。東吉野村の風景は確かに変化していますが、日々生まれ変わる街のそれよりは緩やかで、過去との連続性を見出しやすいのかもしれません。とんどの話に見るように、過去と現在の連続性を実感すると、現在と具体的な未来との繋がりをも意識しやすくなるような気がします。それだから、無くすか今のまま続けるかの選択肢から、「ちょっと形を変えて無理なく、でも楽しく続ける」という微調整のきく来年が見えたのではないでしょうか。来年のとんどが、今からとても楽しみです。
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執筆者紹介
連載「山とレファレンスブック」
文/青木海青子
最終更新日:2021/04/18
編集部から
青木海青子さんは、人文系私設図書館Lucha Libro(ルチャリブロ)の司書です。同館のキュレーターであり夫である青木真兵さんとともに、同館を運営しています。今回の連載は、海青子さん曰く「山で暮らす中で聞いた話に加えて、それを手がかりに本を紐解いてみる」もの。同館が東吉野村という山間地にあること、「レファレンス」という図書館の重要な役割。おふたりの著作『彼岸の図書館 ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト』(エイチアンドエスカンパニー)とともにご覧ください。「レファレンスブック」というと通常は辞典や図鑑等を指しますが、ここでは広く参考資料というニュアンスで使っています。