奈良、旅もくらしも

【連載】奈良さんぽ「第4回思い出を歩く、里山さんぽ」もりきあや

近頃、「会いたい人に会っておかないと」という気持ちが強い。人に会う機会がめっきり減ったせいだろうか。マスクをしていても、少し離れていてもいいから、会って話がしたい。最初に連絡をしたのが、土居朋子さんだった。五條市小和町にある「ばあく」という農家レストランで料理を作っている。米や麦、野菜を育てる農業と、豚から育てて安心なハムやソーセージを作る家庭で育った人。

「ばあく」に着くと、テラスや店内で数組が食事を楽しんでいた。店が落ち着いてから、近況を話す。一緒に散歩がしたいという私に、自分の帽子を貸してくれ、暑い中付き合ってくれた。

里山は、集落と山林を繋ぐ場所。ばあくがあるのは、まさに里山である。田畑やため池、いくつかの民家と森林が共にある。朋子さんはこの里山で育ち、毎朝犬と散歩し、仕事をしている。

しばらく歩いていると、1本の植物を指差した。「これはニホンアカネ。この山には、所々にあるの」。茜色という色の名前は聞いたことがあるし、なんとなく想像がつくけれど、どんな植物なのかは気にしたことがなかった。「これだ」と近くで指し示してくれないと、私にはきっと見分けがつかない。冬、地上に出ている緑の茎や葉が枯れてから、根っこを掘り出して、染料にするのだという。

誰が最初にそれを発見したのだろう。花の色でもなく、普段は見えない根っこなのに。試行錯誤の達人たちが、蓄積してきた経験の賜物だと思うと、色ひとつもありがたい。

途中には、他の草花と分けて支柱がされている植物があった。「花が大好きなおばちゃんが倒れないように立ててるの。ヤマユリは茎が細いから」。少し奥まったところには、小さな祠のような箱。「あれは、ニホンミツバチの養蜂箱。おじちゃんたちが毎日分封しているかどうか見に来てる(笑)」。「それからあれは、ビワの木。うちの息子がおじいちゃんと袋をかけていて、自分がかけて育てたビワをもらえるの」。友達や先生に持っていくそうだ。育てること、食べることが、自然と側にあるんだな。

支柱が添えられたヤマユリ

「小さい頃、寄り道して帰りが遅くなると、ばあちゃんがこの辺りまで迎えにきてくれて。別に怒るでもなく、何かを話すでもなく。私におにぎりを一つ渡して、ただ一緒に歩いて帰ったなぁ」。話を聞きながら、暮れて暗くなり始めた風景を想像した。きっとまた山と遊んでいるに違いないと思っていても、やっぱり心配。お腹を空かせているだろうからとおむすびを用意して、迎えに出るおばあちゃん。もしかしたら、どのあたりで何をして遊んでいるのか、お見通しだったのかもしれない。ざわざわと山風が木々を揺らす夕闇の中、ホッとした素振りを見せずに、黙っておにぎりを食べながら、おばあちゃんの数歩後ろをついていく女の子。

今、私はかつての女の子の後ろを、歩いている。まるでどこまでもが自分の庭のように、野山を分け隔てなく見渡せる人。私にはそんなふうに映る。

長い石段の上にある小さな社では、かつて天狗の面と装束を身につけるお祭りがあったらしい。山水の通り道、近所の家の裏庭、大きな岩の下など、祠やお地蔵様があちこちにあり、季節の花が供えられていた。名前も由来もわからないけれど、刻まれる産土の記憶。

夜になると、あの電線にフクロウが止まって鳴くの。カブトムシやクワガタは、昔からお盆になると元の場所に帰すの。私が小学生の時は、取るのも順番こだった。ひとりがとって、一列に並んだ順にもらうの。大きくても小さくても、文句なし。

「小さい頃と変わったこと? 当たり前だけど、木が大きくなった(笑)。葉が茂る部分が高くなってくれたおかげで、太陽の光が地面まで届くようになって、昔より明るくなったよ。背の低い植物も成長できるようになったし」。

実は前にも彼女とこの場所を歩いたことがある。もう10年くらい前になるだろうか。時が経つのは早い。あのときもちょうど田んぼに水が張られて、田植えが済んだ時分だった。同じ場所に立ってみると、すぐ眼下の田んぼはお休み中になっていた。「ずっと続けてきたけれど、人の分まで作る体力がなくなってきたから、自分たちの分だけ買うことにするわ」。そう話していたそうだ。

10年前の風景
今の風景

1年、5年、10年、50年、100年、もっと先。家族のこと、人のこと、地域のこと、未来のことを思いながら、作ってくれていたのだろう。自分のこと、目先のことでいっぱいいっぱいで、カチカチに固まっていた頭がほぐれていく。

年齢を重ね、お互いに息が上がるのが早くなったような気がするけれど、彼女のおかげで楽しい里山さんぽだった。木、草花、鳥、虫、草花、雲、風、月…。たくさんのそれらを見分け、聞き分け、記憶し、智恵として生活の標や糧にできる人を心から尊敬する。生きる力は、そもそも生かされていることを知っている人が持っているような気がするのだ。

私には何ができるかな。そう思いながら、帰路についた。


執筆者紹介

もりきあや
奈良市在住。ライター・編集者として活動する中で、地元である奈良の魅力に気づく。新聞の県版でコラムの連載、カルチャーセンターで奈良を案内しながら、さらにどっぷりはまっていく。この連載でさらに奈良が好きになる予感。著書に『おひとり奈良の旅』(光文社知恵の森文庫)。

最終更新日:2021/07/08

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