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あれもこれも奈良博!特別展 「奈良博三昧- 至高の仏教美術コレクション-」開催中

 

 「特別展 奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―」が2021年7月17日(土)から9月12日(日)まで奈良国立博物館新館にて開催されています。

 カラフルでポップなアメコミ風のメインビジュアルが公開されたときは、「良い意味で奈良博らしくない」、「パンチが効いている」などSNS等で話題となりました。奈良国立博物館の井上洋一館長によれば、本展覧会は奈良博にとっての「挑戦」だそう。一見お堅いイメージのある仏教美術が、より幅広い層の方、特に若年層の方にとって親しみやすくなればという思いが込められているようです。

 本展覧会は10個の章立てで構成されており、奈良博が所蔵する貴重な文化財を余すところなく堪能することができます。今回はその章立てにそって、「奈良博三昧」展の魅力をお伝えします。

(編集注)今回の展覧会は撮影OK!一部の作品を除きSNSなどの発信もOK!普段は撮影できない文化財を撮ることが出来る機会でもあります。今回の記事は普段から奈良国立博物館でボランティアガイドもされている中井夏帆さんに書いてもらいました。

1章 ブッダの造形

 仏教を開いたお釈迦様のお姿は、仏像がつくられはじめた紀元1世紀頃から長きにわたって、その誕生から入滅までが様々に表現されてきました。奈良博には日本だけでなく、中央アジアから中国、朝鮮半島で制作されたお釈迦様に関する造形物が多数所蔵されています。

 中でも注目されるのは刺繡釈迦如来説法図(7~8世紀・前期展示)です。本品はわが国に伝わる古代の繍仏の中でももっとも大きく、かつ完成度の高い作品です。刺繍の針運びを仏菩薩の身体のかたちに合わせることで、身体の隆起を表現するなど、表現に工夫が凝らされている点は、ぜひ注目していただきたいポイントです。

刺繡釈迦如来説法図

2章 飛鳥・白鳳・天平の古代寺院

 仏教が伝来して以降、奈良の地には数々の寺院が誕生しました。第2章の展示を見渡すと、土で作られた塼仏や塑像、瓦がずらりと並びます。飛鳥・白鳳・天平時代の古代寺院の中には、その姿を現在にとどめないところも多くありますが、これらの遺物から寺院の様子をうかがい知ることができますね。

 例えば、同じ蓮華文軒丸瓦でもそのデザインは様々です。花弁のかたち、大きさ、数など各寺院の個性が光ります。皆さんもお気に入りの軒丸瓦をみつけてみてはいかがでしょうか。

3章 写経に込められた祈り

 「お経を博物館でたまに見るけれど、どのように鑑賞したら良いのか分かりません」そのような声を耳にしたことがあります。

 ひとくちに写経といっても、誰が何のために、誰に写経させたのか、写経にはどのような紙を使っているのか、金で書いたのか銀で書いたのか墨で書いたのか、絵画は描かれているのかいないのか、など見るべきポイントは沢山あります。このように個性溢れるお経たちを見比べることができるのが本展覧会の素晴らしいところ。筆跡を熟視すると、書き手の文字の癖もみえてくるかもしれません。どのような人がどのような願いをこめて写経したのか。思いを馳せてみるのも面白いですね。

金光明最勝王経

4章 密教の聖教とみほとけ

 密教とは「人間の理性によって把握しえない秘密の教え」。平安時代初期に、中国にわたった最澄や空海などによって日本に伝わりました。聖教は密教儀礼である修法の規則などを記した記録です。また、文章のみで真理を伝えるのが難しいとされる密教では、その教えを視覚化した曼荼羅などの画像が作られました。第4章では奈良博が所蔵する聖教や曼荼羅を味わうことができます。

 類秘抄(承久2年〔1220〕・前期展示)は勧修寺の僧である寛信が12世紀に撰述した書物です。真言密教の儀式の本尊となる仏・菩薩や、儀式の手順、先例などが記されています。今回展示されている部分には、東寺講堂、東寺食堂、小栗栖薬師堂などに安置されていた四天王像のすがたが描かれています。特に東寺講堂の四天王像は、制作された当初の像が今も東寺講堂に安置されていますが、現在の四天王像の持物は後世のものに替わっているものが少なくありません。そこで四天王像が当初どのような持物を持っていたのかを考える際に、研究者の間ではこの類秘抄がしばしば参照されてきました。書き残された仏像の姿は、その仏像がどのような変遷をたどってきたのかを私たちに教えてくれるのです。

類秘抄(東寺講堂四天王像部分)

 

第5章 仏教儀礼の荘厳

 寺院を訪れると、堂内は様々な荘厳具で飾られていることに気づきます。また僧侶が法会を行う際には、必ず法具が用いられます。そのようなお寺にとっての日用品も、立派な美術品として博物館で保存・公開されているのです。

 華鬘は、もとはインドで生花を糸でつなぎ合わせ首や体にかけ、装飾用とした花輪です。やがて花輪を木や金属で作り、堂内を飾る荘厳具となりました。今回展示されている牛皮華鬘(11世紀・通期展示〔展示替えあり〕)は平安後期に制作されたもので、極楽浄土に住む人面の鳥である迦陵頻伽や宝相華文の彩色が非常に豊かな優品です。当時の堂内荘厳の華やかさが想像されます。

牛皮華鬘

6章 地獄極楽と浄土教の美術

 「地獄や極楽はどのような場所なのだろう」誰しもが一度は考えたことがあるのではないでしょうか。現代に生きる私たちと同様に、古代に生きた人々も死後の世界に高く関心を持っていました。

 辟邪絵(12世紀・後期展示)は、良くないことを起こす鬼をこらしめる力を持った神さまを描いている絵です。毘沙門天や乾闥婆、鍾馗がまるでヒーローのように邪悪なものたちと戦います。中国宋代の宮廷では、火薬を仕込んだ屏風を爆発させて厄除けを祈願する行事がありましたが、そこで使用された屏風には鍾馗が鬼を捕まえる図が描かれていたといいます。辟邪絵は、そのような中国の図様をもとに描かれたのかも知れません。

辟邪絵

 

7章 神と仏が織りなす美

 日本には仏教伝来以前から「カミ」への信仰がありましたが、仏教が伝来し、やがて奈良時代以降になると、日本の「カミ」と仏が融合するという神仏習合の考え方が生まれました。奈良博が収蔵する彫刻作品で唯一の国宝である薬師如来坐像(9世紀・通期展示)は、仏教彫像でありながら、もとは京都東山の若王子社という神社に祀られていた像です。まさしく神仏習合の考え方に基づいて作られたお像なのです。このお像の魅力はなんといってもその衣文表現。なら仏像館に展示されている時にはみられない、お像の背面をじっくり見ると、その背中には、まるで茶杓のような形をした衣文が何本も深く刻まれていることが分かります。このいわゆる「茶杓状衣文」は、9世紀初期のある時期に流行した衣文。衣文はときにお像が作られた年代を考える手がかりともなるのです。

薬師如来坐像正面、背面

8章 高僧のすがた

 インド・中国・日本を歴訪し仏教を伝えた僧侶は、知徳や行いのすぐれたものとして高僧と崇められました。そしてその容姿が礼拝の対象となり、多くの肖像画が生み出されました。

 南山大師道宣(596~667)は初唐を代表する学僧のひとりで、中国における律学を大成しました。道宣律師像(14世紀・後期展示)では、道宣が墨染めの法衣を着け、払子をとり、布を掛けた椅子に座る様子で表されます。この姿は道宣をあらわす伝統的な図像で、同じ形式の肖像画が他にもいくつか伝わっています。本作は数ある道宣像の中でも、肉身部を丁寧に彩色し、毛を精緻に描くことによって、容貌を生き生きと描いており、すぐれた出来栄えを示しています。

道宣律師像

9章 南都ゆかりの仏教美術

 奈良の地は言わずと知れた仏教美術の宝庫ですが、長い歴史を概観すると、貴重な文化財は何度も窮地に立たされてきたことが分かります。特に明治政府が行った神仏分離政策は、南都の寺社に多大な影響を及ぼしました。奈良国立博物館は、流出の危機にさらされた奈良の文化財を保存・公開するために明治28年(1895)に開館しました。単に奈良に位置しているから、という理由だけでなくこうした歴史の流れの中で、奈良博は南都ゆかりの仏教美術作品を収蔵しているのです。

 南都ゆかりの宝物のなかでも特に注目したいのが絹本著色の十一面観音像(12世紀・前期展示)です。本品は平安時代に遡る数少ない仏教絵画の遺例の一つで、鮮やかな彩色や着衣に施された精緻な截金文様が、優美な雰囲気を漂わせます。近年行われた光学的調査により、後世の補筆がほとんど行われていないことが確認されました。かつては法隆寺の鎮守である龍田新宮の境内にあった伝灯寺に伝来したという本品。いまも昔もこの奈良の地に、変わらない美しさを伝えてくれています。

十一面観音像

10章 奈良博コレクション三昧

 昨年開館125周年を迎えた奈良国立博物館。開館以来、古都奈良に位置する国立博物館として多くの貴重な文化財を保存・公開する役割を担ってきました。「奈良博三昧」展では、奈良博の長年にわたる文化財収集の成果を存分に味わうことができます。特に第10章では、縄文時代から現代に至るまで、幅広いジャンルの美術品が展示されています。コレクションは仏教美術だけじゃない。奈良博のもうひとつの顔を垣間見ることができます。

おわりに

 「奈良博三昧」展では、2019年に開催された「いのりの世界のどうぶつえん」展で初登場した、奈良博の作品をモデルにした5匹のどうぶつキャラクターが、「ざんまいず」として正式デビューしました。「ざんまいず」のイラストデザインを担当する同館教育普及担当の翁みほりさんは、本展覧会のために新たなイラストを100枚近く書き下ろされたそうです。展覧会入り口にて配布されているジュニアガイドや、解説パネルに登場する「ざんまいず」とともに展覧会を楽しむのも、本展覧会の醍醐味です。

「ざんまいず」デザイン 翁みほりさん

 三昧とは、一つの対象に心を集中することを意味する仏教由来の言葉。また、この状態に入るとき、正しい智慧が起こるといわれます。この夏は老若男女問わず、あらゆる方が奈良博にて観仏三昧し、きっと何か新しい発見をされることでしょう。この記事がその一助となれば幸いです。奈良博の真骨頂をとくとご覧あれ。

記事:中井夏帆 写真:生駒あさみ

奈良国立博物館
住所:奈良県奈良市登大路町50
特別展期間:
 令和3年(2021)7月17日(土)~9月12日(日)
 前期:7月17日(土)~8月15日(日)
 後期:8月17日(火)~9月12日(日)
休館日:毎週月曜日(ただし8月9日は開館)

最終更新日:2021/08/10

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