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【連載】山とレファレンスブック「第6回 橋とあずき」青木 海青子

 東吉野村は奈良県の東に位置し、隣県の三重にほど近い山村です。川の水が澄んでいて、静かで美しいところです。私たちは2016年よりこの山村で暮らしてきました。山の暮らしの中でそれまで知らなかった習慣や行事、言葉、感覚に出会い、ワクワクして、誰かに話したくなりました。そんな訳でエッセイとして、暮らしの中で見聞きしたものを留めたり、調べてみたり出来たらと考えたのでした。

佐倉峠に設置された温度計を見ると、夜は−4℃、−5℃を記録している

 この冬は冷え込んで雪も多く、ルチャ・リブロにお車でご来館の方にも、スタッドレスタイヤの装着をお願いしています。(この冬から、試験的に冬季も開館しています。)年末年始にも、幾度か雪景色を拝むことができました。村外から帰ってくると隣町の菟田野まではほとんど雪が無いのに、佐倉峠を降りるとだんだん雪化粧が目立ってくるということもしばしば。東吉野村の郷土料理を紹介する『ふるさとの味 東吉野』(東吉野村教育委員会, 1984)を開いてみると、この時期のお供え物として「あずき御飯」が上がっていました。「雪で食べ物に困った動物に施すため」といういわれがあるようで、稲荷信仰とも結びついているのだそう。これは野施行(のせんぎょう)、寒施行とも言われ、奈良、大阪、兵庫、和歌山辺りでみられる風習のようで、落語にも登場するそうです。桂米朝『米朝ばなし 上方落語地図』(講談社文庫)には、以下のように説明されています。

…野施行というのは、キツネの好きな油揚げや赤飯のにぎりめしなどを持って、野山に行き、キツネに与える。
【同書 p.41】

 さて冬といえば、「とんど」の時期でもあります。今年は1月16日に、私たちが所属する河合垣内のとんどがありました。

以前は広場下の河原で行っていたが、急な階段をお年寄りが下りるのは危ないということで広場での開催となったのだそう

 いつも竹や火をご用意くださる方がお忙しかったこともあり、昨年ちらっと話したような河原でのとんどにはなりませんでしたが、それでも無事開催されたことにどこかほっとしたのでした。今年もドラム缶に竹をあしらって火を焚きます。「山とレファレンスブック」第4回で、新河合橋のことに少し触れまして、『東吉野の旧街道』(東吉野村教育委員会, 1997)の地図には「河合橋」として登場するので、1997年以降にかけ替えられたのだろう、としておきました。

『東吉野の旧街道』p.113掲載の地図には、当館の入口「石の本橋」からすぐ近くにかかる橋が「河合橋」と表記されている

 とんどはこの新河合橋横の広場で行なわれるので、火を焚いている間、橋のことを垣内の方に伺ってみました。「この橋はかけ替えたんですか」と尋ねると、こんな答が返ってきました。

「そうそう。こうなる前はどんなやったかな」

「かけ替える前は、橋がこの半分の幅やったんよ」

「そやったか。便利になったら、前どんなんやったかすぐ忘れてしまうわ」

車が余裕ですれ違える新河合橋。車で通ると「橋」だと意識しない人も多いかも

 現在の新河合橋は車が余裕ですれ違えるくらいの幅があり、道路ともスムーズに連絡しています。半分の幅だとおそらく一台ずつしか通行することができませんし、今の橋の様子とは随分違ったのだと感じました。橋と連なる道路ももっと狭かったのでしょう。そんなことを考えていると、こんなお話も飛び出しました。

「(橋の反対側を指して)あの辺にも前は3、4軒あってんよ。(橋を渡ったところ、タバコ店の隣の空き地を指して)ここにも1軒あったしね」

「川下の辺りも、4、5軒あってん」

 橋周辺の景色も様子が違っていたのだと驚きました。この時はかなり前の話のように思ったけれど、その後ストリートビューで新河合橋から当館周辺の道路を写してみたところ、タバコ店の隣にはまだ家があり、いつも犬を連れて通る道路は脇が今より狭いのが見て取れました。ストリートビューが撮影されるようになってからも刻一刻と変わっているのだから、村の風景が代謝していくのは自然なことなのだと再認識した気がしました。

橋の向こうに見えるのが、タバコ店隣の空き地。風景が変わると、以前そこにあったものをすぐ忘れてしまう

 とんどの火が大方終わり、片付ける段になって「〇〇さん、火要るかな?ぜんざい炊く言うとったし」と火を残しておくかどうかの話になりました。昨年のとんどの記事にも書きましたが、とんどの火種を使ってあずき粥を作るという習わしがあるそうで、それをする人のために火を取っておこうかと相談しているのでした。『ふるさとの味 東吉野』にも、先述のあずき御飯と同頁に「あずき粥」の作り方が載っています。

 どんどの火種をとってきてあずきをかために炊く。 
 その年の豊作を願ってススキの穂を神棚にたてる。穂をとったあと、箸を作り、それで食べる真似をして後で石垣にさしておくと、ヘビが出ないと言われ、又、イボをはさむとイボがとれるとのいい伝えがある。
【同書 p.11】

 いわれはこんな風に書かれていて、固く炊いたあずきを米と一緒に再度炊き、餅を入れて塩味をつけるのだそうです。(塩味がスタンダードで、今はお好みでぜんざいにする場合もあるのでしょう。)人も動物も小豆を食べて冬を乗り切る様子を想像すると、何だか頬が緩んでしまいました。新しく綺麗に姿を変えた橋や道路に車を走らせて集まり、とんどの火を持ち帰って冬を乗り切るために小豆を炊く。生きている人が生きている暮らしに沿って、習わしを受け継いでいく。代謝していくものと変わらないもののハイブリッドをここに見た気がしました。

とんどの残り火。持ち帰る以外は水をかけて火を消す。今年は外にある水道が凍っていたため、ご近所さん宅から水を運んだ

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執筆者紹介

連載「山とレファレンスブック」
文/青木海青子


編集部から

青木海青子さんは、人文系私設図書館Lucha Libro(ルチャリブロ)の司書です。同館のキュレーターであり夫である青木真兵さんとともに、同館を運営しています。今回の連載は、海青子さん曰く「山で暮らす中で聞いた話に加えて、それを手がかりに本を紐解いてみる」もの。同館が東吉野村という山間地にあること、「レファレンス」という図書館の重要な役割。おふたりの著作『彼岸の図書館 ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト』(エイチアンドエスカンパニー)とともにご覧ください。「レファレンスブック」というと通常は辞典や図鑑等を指しますが、ここでは広く参考資料というニュアンスで使っています。

最終更新日:2022/02/27

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