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今月のおやつとうつわVol.17 萬松堂「さくら羊羹」/Mizu no Ma 「縁高角皿」

萬松堂「さくら羊羹」
Mizu no Ma「縁高角皿

仕事に学校、家事…毎日やることいっぱいで忙しいですよね。あわただしい日々を過ごしていると、ついつい自分のことをおろそかにしがち。たまには、おいしいお菓子で自分を甘やかしてみませんか。この連載では、奈良で手に入る素敵なおやつと器をご紹介します。お気に入りのおやつセットを用意して、ちょっと一息つきましょう。


私の大学の校庭には大きな桜の木がたくさんある。そろそろ咲き始めるだろうかと待っていたら、たった一日であふれるようにわっと咲いた。開花を心待ちにしていたとはいえ、こんなに早く咲くとは思っていなかったので、喜びと焦りを同時に感じた。一度花が開けばだれにも止められず、あっという間に散ってしまう桜。満開の状態をとどめられたら、と思う人は少なくないだろう。今回は、そんな願望をかなえてくれるお菓子をご紹介。


吉野にある老舗和菓子店「萬松堂」のさくら羊羹。明治時代創業で、店主の橋本英之さんは4代目だ。仁王門の前でお茶屋さんをしていたことが始まりで、現在の屋号になったのは先代の時のことだそう。桜羊羹は、その先代が修業時代からずっと温めていたお菓子。春が過ぎれば散ってしまう吉野の桜を一年中楽しんでもらいたいという思いから生まれた。材料は、年々価格が上昇していくにもかかわらず一切妥協しない。受け継いだレシピのまま作り続けている。ガラスに閉じ込められたような桜の花は、花弁をふんわり開かせるのにひと手間かかるそうだが、ここは企業秘密。さわやかな甘さで後を引かないので、ついもう一つと手が伸びてしまう。桜のシーズンは、とにかくこれが大人気で遠方からもお客さんが大勢やってくる。お客さんとのお喋りを楽しみながら販売してきた橋本さんは、「あの時期はそれどころじゃなくなる」と苦笑い。橋本さん曰く、吉野の良さを感じられるのは、春だけではないという。観光客が少し落ち着く新緑の季節、朝早めに訪れると、吉野本来の凛とした空気が漂っているのが分かるそう。人だかりにもみけされてしまっていた、静けさや重厚感を肌で感じることができるのだ。今度はその時期に行ってみようと思った。

桜羊羹 小(520円)
寒天、羊羹の順に型に流すが、少しでもタイミングを誤るときれいな層にならない
箱のサイドに桜の絵が

柔らかな色のお菓子に合わせて選んだのは、宇陀市にある「Mizu no Ma」の「縁高角皿」。SNSもホームページもないので、まさに知る人ぞ知るお店だ。以前友人と写真スポットで有名な湖、龍王ヶ淵に行った際に偶然発見した。大手電機メーカーのデザイナーであったオーナーの水間健介さんは、定年退職後に趣味の陶芸を本格化した。店舗の横にある窯が完成するまでは、七輪陶芸をしていたのだとか。元デザイナーさんの作品と言われると納得するような、端正なシルエットのお皿やカップが並ぶ。水間さんは、形を美しく仕上げることはもちろん、「あそび」も大切にしているそう。丁寧に作っていても、計画していた形と異なってしまうことがあるが、それもまた楽しみながら制作するのがポリシー。また、器の用途も自由に考えてほしいという。何を盛り付けるか、どのように楽しむかは買い手によってさまざまだ。シンプルなデザインとナチュラルな色が、その選択の幅を広げてくれる。今回購入したお皿は、真っ白な地の中心に、艶の異なる釉薬で模様が描かれている。控えめな模様だが、羊羹の薄い桜色を透かして濡れた石畳のように見えるのが面白い。思考を柔軟にして、様々な使い方を試してみよう。

縁高角皿(1,500円)
以前から狙っていたカップも一緒に購入。大ぶりなのでたくさん飲めそう

今回の取材はいつもより少し遠出だった分、春の山を堪能できた。せっかく咲いた桜が散ってしまうのは、やはり切ない気持ちになるが、満開の桜だけが美しいとは言い切れない。硬いつぼみの先がほんのり紅色になっているのもかわいらしいし、散った後の鮮やかな新緑を見れば、さわやかな気持ちになる。ただ一点だけにこだわらず、あそびをもって物事を見つめるのは私たちの暮らしをちょっと豊かにしてくれるのかもしれない。

(記事・撮影/岡田菜友子)

萬松堂(まんしょうどう)
住所:奈良県吉野郡吉野町吉野山448
電話:0746-32-2834
営業時間:8:30~17:00 (桜の開花時は8:00~19:00)
定休日:火曜日・不定休(4、11月は無休)
駐車場:無

Mizu no Ma(ミズノマ)
住所:奈良県宇陀市室生向渕857-2
電話:無
営業時間:10:00~17:00
定休日:金・土曜日、不定休
駐車場:有

最終更新日:2022/04/12

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