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「大都会で消耗した心が、奈良で開放された」奈良移住者インタビュー:鹿のカチューシャ屋さん「けものん」水本彩奈さん【後編】

~なぜ奈良に? あの人の来寧記~

奈良移住者の方に移住ストーリーや奈良への想いなどを伺う企画「なぜ奈良に? あの人の来寧記」。第1回は、2019年5月に東京から奈良市に移住し、「けものん」の屋号で手作りの鹿のカチューシャ販売などを行っている水本彩奈さん。前編記事では、水本さんの移住前の生活や奈良との出合い、移住やけものん開業を決意するまでのエピソードを伺いました。

後編となるこの記事では、移住後の水本さんの生活や、移住して見えた奈良の魅力、今後どのように暮らしていきたいか、などのお話をお届けします。

お客さんの反応を受けて進化した鹿のカチューシャ作り

移住を意識し始めてから約1年後の2019年5月、水本さんは遂に、奈良市に完全移住。引っ越し直後は、6月9日のけものん開業に向けて忙しない日々を過ごしながらも、胸にあったのは期待だけでした。

水本:「オープン後、すぐに注文が入っても対応できるよう、家にこもってひたすらカチューシャを作ったり、商品写真を撮影に行ったり、通販サイトの準備をしたりと、5月中はかなりバタバタしていました。でも、奈良に来てから毎晩『早く朝になれ!』とも思っていて。多忙で大変な一方で、小学生時代の遠足の前日のようなワクワク感でいっぱいでもありました」

開業後ほどなくして、水本さんには大勢のチャンスの神様が味方します。知人のモデルさんが甥っ子に鹿のカチューシャを付けてSNSに投稿したところ、「せんとくんみたい!」とバズり、話題になったのです。それを見たメディアから取材依頼が入り、「元グラドルが奈良に移住した」というパワーワードとともに記事がネットで拡散。一度記事化されるとほかのメディアでも取材が増え、遂にはテレビ番組でも取り上げられ、売上は爆増しました。

水本:「ありがたいことに、メディアで取り上げられる度に大量注文をいただくようになりました。一人で作っているので、たくさんお買い上げいただくと『うわぁぁ~!!』とてんやわんやしながら、家にこもって作り続けることになりますが(笑)。

ちなみに、開業当時は作業に不慣れで1個作るのに2時間くらいかかり、1日4~5個作るのが限度でしたが、だんだんと作業効率が上がっていって。今では1個の制作時間を20~30分程度に短縮でき、1日に約10個作れるようになったんですよ」

水本さんの「やりながら改善していく」スタイルは、カチューシャ本体の作りにも現れていきました。

水本:「お客さんの声を聞き、カチューシャの素材や部品を変えるなど、改良を重ねていきました。コロナ以降はwithコロナ仕様も意識してリニューアルしたんですよ。趣味で作っていた時のカチューシャが第1号なので、現在販売しているのは4作目になります」

想定する客層も、実際販売してみた感触から柔軟に変更していきました。

水本:「最初は、テーマパーク感覚で老若男女の観光客が付けてくれるものと思っていたんですよ。でも実際は、男性は恥ずかしがってなかなか付けてくれず(苦笑)。一番楽しんでくれるのは、カチューシャを付けて写真を撮ってSNSに載せたいと思う、10~20代の若い女性だとわかり、その層に向けて発信しようと方向性が定まっていきました」

まずは奈良を素直に楽しむ。そうすれば商売はあとからついてくる

けものんの事業が方向性を固めていく一方で、水本さん自身も奈良の町に溶け込んでいきました。隣人とは得意の写真を活かして交流を深めることも。

水本:「お隣さんがやっているお店が閉店する、という時があって。それまでは回覧板を回すくらいしか接点がありませんでしたが、お店の写真を撮ってプリントし、『今までお疲れ様でした』と渡したら、とても感動してくれて。以来すごく仲良くなって、今ではご飯をいただくことも多いんですよ」

奈良の人とのつながりは、ご近所付き合いに留まらず、より広がりを見せていきます。大きなきっかけになったのは、ならまち遊歩の公式アンバサダー募集に応募して選ばれたことでした。

ならまち遊歩の公式アンバサダーとしてテレビ出演する水本さん(左/写真提供:水本さん)

水本:「ほかのアンバサダーの人とたくさん知り合えるなど、交友関係が一気に広がりました。アンバサダーの人たちからは、けものんの情報発信をしていく上でのヒントも学ばせていただいて、とてもありがたかったですね。

また、アンバサダーを機に奈良市の方とも関わりができ、奈良市ライフスタイルブック『ならりずむ。』でも移住者のモデルケースとして掲載していただきました」

「ならりずむ。」撮影中の水本さん(写真提供:水本さん)

さらに、町のお店の写真を撮ってSNSにアップしていたら、知り合いの輪が広がっていた、ということも。

水本:「お店の人がその発信を見てくれて『鹿のカチューシャ屋さんのけものんさんだ』と知ってくださり、つながりができることもあって。顔出しで発信しているので、お店で『けものんさんですか?』と声をかけていただいて仲良くなることも多いです」

自身の興味や「好き!」に従っていたら人間関係が広がったように、水本さんの奈良での生活は「奈良を楽しむ!」が軸。それは水本さんのライフスタイルにも現れています。

水本:「夜は12時頃に寝て、朝は10時頃に起床。日中は気になるお店に行って、朝ご飯とお昼ご飯を兼ねた食事をしたり、旬の自然を見に行ったりして、奈良を満喫しています。その後、夜に5~7時間くらい集中して仕事をする、という生活です。昼間からプラプラしているから、働いていないと思われちゃいそうなんですが、ちゃんと夜に仕事しているんです(笑)!」

水本:「仕事の日とオフの日は分けていません。オン・オフの切り替えがないことはストレスではなく、むしろ自分には合っていると、東京生活時代に色んな仕事をして気づいたので、今の生活はすごくしっくりきています」

その生活スタイルが、けものんの事業でも功を奏すことに。

水本:「犬に会いたくて『小動物カフェ はなはな』さんにしょっちゅう通っていたんですが、そのうちオーナーさんから『よく平日の昼間に来るけど、何してる人なんですか?』と言われて(笑)。『実は鹿のカチューシャを作っているんです』と話すと、『じゃあよかったら、うちに置いてくださいよ』と提案してくださったんです。それまではネットショップのみだったんですが、委託販売も始まっていきました」

ほかにも、鹿苑に通ううちに奈良の鹿愛護会の方々と面識を持つようになり、イベントでの出店に興味を持って同会に問い合わせ、「鹿の角きり」「子鹿公開」などでけものんブースを出店するようにもなりました。

2021年の子鹿公開の際、鹿苑にて出店する水本さん。この時販売したエコバッグは、奈良公園の鹿がビニールゴミを誤飲して命を落としてしまう問題を啓発しようと制作されたもの(写真提供:水本さん)

しかし水本さんは、商品を売ろうとして町を出歩いていたわけではありません。あくまで水本さんの「奈良を楽しむ」気持ちがベースにあり、自然と商売に発展していったのです。

水本:「私の中では『奈良を満喫すること』が一番にあります。また、地域の一員として受け入れてもらうために、決して“商売商売”しないようにしたいとも思っています。『楽しんでいるついでに商売しています』という感じなんです。まずは奈良を楽しみながら、人間関係をつくることを最も大切に。商売はあとからついてきます」

奈良は常に最高を更新していく、興味の尽きない場所

「奈良を楽しむ」純粋な気持ちをベースに、町に出て人間関係をつくり、その関係から自ずと商売もさらに軌道に乗った水本さん。移住後の生活がうまくいった要因を、自身の「アクティブさ」だと語ります。

水本:「自分の時間も大切にしつつ、自分に無理のない範囲で行動し、人とのつながりを広げていったことが良かったのではと思います。私のこの行動力の源泉は好奇心。自分の興味のあるものをすべて知りたい……そう思ったら一直線なタイプなんです」

常にやりたいことや好きなことに向かって直進する、水本さんのどこまでもまっすぐな姿勢。そして、その姿を見た奈良の人たちが、外部からやってきて新しい挑戦をしている水本さんを柔軟に受け入れてくれたこと。きっとそれらが、水本さんに奈良での居場所をつくってくれたのでしょう。

水本:「東京にいた時は環境が合わなくてストレスマックスでしたが、今はノンストレス。鹿や自然、素敵なお店など、好きなものや興味を惹かれること、行ってみたい場所が多すぎて、『時間が足りない』『寝る間が惜しい』と日々思っています。奈良が最高すぎて、移住して以来、悩んだり落ち込んだり、ということが全然ないんですよね。奈良が、常に自分の中での最高を更新していっているんです。

今のこの環境は、東京にいた時にはとても考えられませんでした。大好きなものに囲まれてポジティブな気分でいられると、目に見える光景も良いものばかりが見えるんだなと思います」

移住して2年と数か月が経った水本さんですが、奈良には飽きるどころか興味が尽きないといいます。

水本:「2年以上住んでいて、同じ道をずっと歩いているのに、次々と新たな発見があって、本当に飽きなくて楽しいんですよね。日々、近鉄奈良駅周辺の町を気の赴くままに歩いているので、1日1万歩くらい歩いていることもよくあります(笑)。

住む前は、買い物などは大阪や京都にも行くのかなと思っていましたが、実際住んでみると奈良で完結していて、仕事以外ではほとんど奈良を出ません。服や雑貨などは奈良町のセレクトショップに良い物がたくさんありますし、身近に売っていない物もネットで買えるので、不便さは感じませんね」

「鹿」に留まらず、次々と見つかる奈良の魅力

鹿に魅せられて奈良に来た水本さんですが、現在、その関心範囲は鹿だけでなく、奈良の自然にまで幅を広げています。

水本:「奈良は自然を満喫できる所も多くて、車があれば1時間くらいで絶景スポットに行けるのが凄いですね。最近はキャンプに興味が湧いて、一気に道具をそろえ、県内でソロキャンを楽しんでいます。こんな風に、もっと色んな趣味が増えていったら、『奈良、最高!』って思うことが増えていくんだと思いますね」

今後のビジョンもまた、「鹿のカチューシャ屋さん」の域を大きく飛び出していきます。

水本:「移住前から自分の世界観のカフェをやりたい夢がありました。2020年にはそれを実現しようと、けものんのイメージを表現した期間限定カフェ『けものんカフェ』を奈良と東京でやってみました。この時の学びを活かして、自分のお店をいつか持ちたいと思っています」

今回の取材場所として使用させていただいた、きたまちの短期チャレンジショップスペース「ホ・スセリ」さんでも、カフェイベントを実施しようと計画中だそうです

自身のお店の構想として、カフェ以外にも「すごくやりたいんです!」と熱を込めて語ってくださったのが、「一坪おにぎり屋さん」です。

水本:「もともと猿沢池とかで、自然を見ながらおにぎりを食べるのが好きだったんですよね。色んなおにぎり屋さんを食べ比べしているうちに、『奈良とおにぎりっていいな~』と感じて、『観光客の人においしいおにぎりを食べてもらいながら、奈良を楽しんでほしい』と思うようになりました。一坪くらいのほど良い規模感の物件さえ見つかれば、すぐに始めるかも知れません!」

水本さんの奈良暮らしの一番のモチベーションは、今でも鹿であることに変わりはありません。その上で、奈良での生活を重ねていく中で、鹿に留まらない奈良の魅力とも出合ったことで、奈良との関わり方もまた「鹿」の枠を超えていっている様子が伺えました。

鹿に導かれて、自身を開放できる最高の居場所・奈良に辿り着いた水本さん。偶然なのか必然なのか、水本さんのお名前「彩奈」は「奈良を彩る人」とも読めます。“走りながら考える”ような行動力や、過去のさまざまな経験など、自身のカラーを存分に活かした活動で奈良の魅力を発信している様を見ると、「名は体を表す」とも言うように、お名前通りのような人生を歩んでいる点がなんともドラマチックに思えました。

これからも水本さんの活躍を楽しみにしています!

(取材・文:五十嵐綾子 写真:北尾篤司)

鹿のカチューシャ屋さん けものん
https://www.kemonon.com/

(取材・文:五十嵐綾子 写真:北尾篤司)

最終更新日:2021/11/09

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