奈良、旅もくらしも

「奈良、旅もくらしも」第1回トークイベント「人とまちをつなげる広報紙」レポート

奈良には、奈良の魅力を多様な手法で発信している人たちがいます。その方法は、観光ガイドから、本や雑誌など紙媒体の制作、雑貨や食べ物などの商品づくり、宿づくり、イベント開催まで、実に様々です。

「奈良、旅もくらしも(以下、旅くら)」では、こうした人たちを「奈良のインタープリター(翻訳者)」つまり「奈良の価値をわかりやすく翻訳して伝える人」と定義し、より多くの人に奈良のインタープリターになってもらいたいと考えています。

そこで旅くらでは、奈良のインタープリターとして奈良の価値を発信している方に登壇いただくトークイベントを、隔月で開催することにしました。

2022年5月7日(土)に行われた第1回では、王寺町政策推進課政策広報係の村田大地さんをゲストに迎え、町の広報紙制作にかける熱い思いや王寺町への愛を存分に語っていただきました。その様子をお届けします!

会場は奈良公園バスターミナルのレクチャーホール。

今回のイベントは現地・オンラインの併用で開催。開始時間が近づくと現地参加の方々が続々と集まり始め、配られた資料を眺めながらスタートを待ちます。ステージ正面にはオンライン配信用のカメラも設置され、準備万端です。

定刻になると、旅くら編集長の生駒あさみが挨拶。イベント趣旨を改めて紹介し、いよいよトークが始まります。

■住みここち全国1位の王寺町。鍵は「シビックプライド」

今回のイベントは前半・後半の2部制で進行し、前半はゲストの村田大地さんのお話、後半は旅くらメンバーも交えたディスカッションを行いました。まずは前半の、「人とまちをつなげる広報紙」をテーマにした村田さんのお話の様子を見ていきましょう。

王寺町で育ち、同町の役場に勤め、広報紙『王伸(おうしん)』の制作など、町の広報業務全般に携わる村田さん。以前の旅くらのインタビューでは「王寺町に骨を埋めたい」と語ったほど、とにかく王寺町が大好きで、町への愛が全身からだだ漏れるような方です。トークを始めるやいなや、アクセスの良さ、雪丸、明神山、子育ての町など、王寺町の魅力をこれでもか!というほど連発します。

中でも注目は、民間会社が調査した「まちの住みここちランキング2020」で王寺町が全国1位、つまり日本一住みここちの良い町となったこと! 2位以下は東京や大阪の町もランクインしたこのランキングの1位が、なぜ王寺町だったのか――その背景には「シビックプライド」があったと村田さんは語ります。

「シビックプライドとは、住人さんの『王寺ってめっちゃ良い町だよね』といった誇りや、『この町をもっと良くしたい』という当事者意識のこと。このシビックプライドを高める秘訣が広報紙だったんです」(村田さん)

■「読んでいない」と言われて一念発起。村田さんの広報改革奮闘記

王寺町広報紙『王伸』は、今でこそ住人に愛される媒体となっていますが、村田さんが広報担当を始めた頃には、「広報紙なんて読んでないよ」と言われてしまうほど、関心を持たれていなかったそう。愛を込めて懸命に作っているのに読まれていないことにショックを受けた村田さんは、一念発起して広報改革に臨みます。

手始めに、表紙や記事の内容、制作方法などを見直しました。例えば、興味を惹きにくかった表紙を手に取りたくなる雑誌感のあるものへ刷新する、大切な情報をわかりやすく届けるために言い回しやデザイン、情報の整理を意識するなど。中でも、「『人が主役の広報紙』を実現するため、住人さんの声を聞くことを特に大事にしました」と村田さん。

なお、予算確保のために業者委託をやめて手作りにしたため、広報紙制作に関わるあらゆる技術も独学で学んでいったそうです。「編集ソフトの導入、デザインや写真撮影の勉強、他の自治体の広報紙研究など、色々なことに着手しました。また、誰もが見やすく使いやすいメディアを提供する手法『メディア・ユニバーサル・デザイン』のアドバイザーの資格も取得しました」(村田さん)

こうした村田さんの努力は、改革から2年後に実を結びます。住人のアンケートで広報紙の重要度・満足度が上昇したのです。さらに、広報関係のコンクールで入選や受賞が続き、対外的な評価を得たことで、広報紙に全く興味のなかった人からも関心を寄せられるように。やがて『王伸』は、住人がポストに入るのを楽しみにしてくれる広報紙“モテ広報紙”となりました。

村田さんの取り組みはここで止まらず、広報紙でできることをさらに模索していきます。時には、町をもっと好きになってもらおうと、町の魅力的なスポットを取り上げる特集を企画。またある時には、災害対策など安全安心のための情報をしっかり伝えようと、住人に災害を自分事化してもらえる企画を展開して、災害情報を発信するLINEの登録を促すことも。

こうした取り組みの積み重ねで、住人に関心を持たれる広報紙からまたさらにステップアップし、「王寺の広報は面白い、わかりやすい」と住人から信頼を寄せられる広報紙へと進化していきました。

「モテ広報紙」「信頼される広報紙」を達成した村田さんが次に目指したのは「共感される広報紙」。地域で頑張る人を紙面に取り上げ、その思いや熱量を伝えることで、地域で活動する人やそれを応援・発信する人を増やし、共感を生む広報紙に変えていきたいと考えました。

町で熱い思いを持って様々な活動に取り組む人を核にし、「女性のライフシフト」「子どもと大人の関係特集」など、多様な企画を実施。すると、住人たち自身でイベントを立ち上げるなど、町の人たちが自走する、つまり「地域のために何かしたい」と町に主体的に関わるという現象が起きたのです。「これが共感の果て」と村田さんは語ります。

「町の魅力である“人”を主役にした広報紙を作り続けた先に待っていたのは、自分たちの町を素敵・好きだと誇りに思う気持ち、つまりシビックプライドの高まりでした。これが住みここちの良さへとつながっていったのではと思います」(村田さん)

約45分間の長いプレゼンでしたが、村田さんの口調がとても軽快で、堅苦しさも一切なくて親しみやすく、次から次へ展開されるお話をぐんぐん吸収できました。加えて、スライドのデザインも洗練されていて、見ていて非常に楽しかったのも印象的です。お話の内容もさることながら、情報の伝え方全般から「王寺のことをわかりやすく興味深く伝えたい!」という姿勢が伝わってきました。

■人とのつながりが支えに。村田さんの広報改革裏話を根掘り葉掘り

後半は、旅くら編集長・生駒と副編集長の徳永祐巳子を交え、ディスカッションや質疑応答を行いました。お話の内容に応じて会場にいる参加者がステージに呼ばれてトークに加わる場面も見られ、参加者と非常に距離も近く、わちゃわちゃとした空気感の中、たくさんの話題が飛び出しました。今回はその中から一部をピックアップして紹介していきます。

Q:広報担当者へのアドバイスをください。

「まずは職場の人との関係性の構築を。企画を一人で考えるのは難しく、私もネタを探して庁舎内をよく歩き回り、『なんかいいネタないっすかね?』と色んな人に声をかけて仲良くなりました。すると、自分のやりたいことを応援してもらえたり、ネタを提供してもらえたりする体制をつくることができ、とても楽になりました。助けてもらえる関係づくりはすごく大事だと思います」(村田さん)

Q:メディア・ユニバーサル・デザインの資格について教えてください。

「老若男女が見やすく使いやすいメディアにするための、文字や色使いなどに関するアドバイザーの資格です。ぱっと見て文字が読みやすい、わかりやすいデザインを学び、それを紙面にも活かしたことで、住人さんからの『文字が読みにくい』というクレームが一切なくなりました。他の自治体の広報担当にも学んでいる人はいるんですよ。勉強するととても役に立つと思います」(村田さん)

Q:広報紙制作には〆切があるなど、しんどい時もありますよね。どうやってモチベーションを保っているんですか?

「他の自治体の広報担当者とのつながりに救われました。一人で広報改革をやっていた当時は、庁舎内に誰も味方がいないように錯覚して孤独感を抱いていましたが、他地域の広報担当者と広報談義をしたら、互いに思いを共有し合えて、とてもモチベーションになったんです」(村田さん)

村田さんと一緒に広報談義をしていたという大阪府守口市の元広報担当・西田さんが、村田さんに呼ばれて客席から壇上へ。村田さんとの思い出を語ってくださいました

Q:広報で参考にしている自治体は?

「生駒市の広報紙はかなり参考にさせていただきました。生駒市の広報担当、同じ名前の村田くんとは仲良くさせてもらっていて、『これ、パクります』『“パクリスペクト”させていただきます!』と連絡して承諾をいただいた上で真似させてもらっていました(笑)。広報紙だけでなく、住人さんを巻き込んだ広報活動もしていて、住人さんの町への関心度が高くなっているんです。その状態がすごくうらやましくて!また視察に行って参考にしたいですね」(村田さん)

生駒市の広報担当・村田さんも客席から呼ばれてステージへ。生駒市の広報の取り組みをお話してくださいました

Q:文章に気を遣っているのを感じました。どうやって勉強したのでしょうか?

「幅広い雑誌を読み漁って、しっくりくる文章をリスト化し、自分の中に吸収していきました。住人さん全員が好きな表現を追求するのは当然難しいので、自分が不快に感じない、自身が好きな文章を取り入れようとしたんです。例えば、上から目線にはしないこと、小学生でもわかるようにすること、お堅い表現をせずカジュアルに伝えること、などですね。中でも、雑誌『ソトコト』を参考にしました。読みやすい上に作り手の熱量を感じてワクワクして、こんな広報紙を作りたいと思いました」(村田さん)

文章について質問した、旅くらライターの油井やすこさん

旅くらで「大和川がつなぐ」を連載し、イベント当日も現地参加していた王寺町役場の文化財担当・岡島永昌さんが指名されて登壇する場面も。会場で配布された王寺町のガイドブック『王寺をめぐるーと』制作時に行ったワークショップ開催の様子などをお話いただきました。

トーク終了後は参加者同士で名刺交換や談笑をしたり、村田さんが持参した『王伸』を手に取ったりしながら、イベントの余韻を楽しみつつ解散しました。

トークイベントは今後も2ヵ月に1回のペースで実施予定です。次回は2022年7月3日(日)、ならまちで旅宿・喫茶・定食屋を営む古白の境祐希さんをゲストに迎えての開催を予定しています。お楽しみに!

(取材・文:五十嵐綾子 写真:北尾篤司)

最終更新日:2022/06/07

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