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「奈良での様々なご縁のおかげで楽しく生きられている」奈良移住者インタビュー:着付士 佐保山素子さん【後編】

~なぜ奈良に? あの人の来寧記~

奈良移住者の方に移住ストーリーや奈良への思いを伺う企画「なぜ奈良に? あの人の来寧記」。第7回は着付士の佐保山素子さん。前編記事では、奈良女子大学への進学に伴って奈良に移り住み、卒業後も「日本家屋に暮らす」という目標と共に奈良暮らしを続けてきたお話を伺いました。

後編となるこの記事では、東大寺塔頭の住職家に嫁ぎ、着付けの世界に出合ったことで奈良の着付士として活動を始めたことについてお聞きします。

東大寺塔頭に嫁ぎ、日本家屋での暮らしが始まった

人生の目標を「日本家屋に暮らす」ことに決めた佐保山さん。この目標は思わぬ形で叶うことになりました。

佐保山:「東大寺塔頭の一つ・宝珠院の住職とご縁があり、結婚して宝珠院に住むことになりました。これまでお寺でライブをするイベントに関わったり、自身が企画した異業種交流会で様々な人と知り合ったりと、若いお坊様とつながる機会が割とあり、夫とは友人の紹介でご縁ができました。

学生の頃に拝観に来ていた東大寺天皇殿で結婚式をしたんですよ。一般の方は東大寺では結婚式は挙げられませんが、東大寺関係者ということで特別に使わせていただきました。ご縁の深い関係者のみが集まって、みんなでお経をあげて、指輪ではなくお念珠を交換しました」

お水取りの聴聞に通うなど、宝珠院が位置する東大寺二月堂裏参道には学生時代から何度も足を運んでいたそうです。その場所に嫁ぎ、新たな生活が始まることになった時、どんな気持ちだったのでしょうか。

佐保山:「どのような生活になるのか、全くイメージが湧きませんでした。何もかもわからないことだらけでしたが、日本舞踊を習っていた時に『そのグループごとのしきたりを尊重する』ことを学んでいて、それが自然とできたからか、伝統ある場所での新しい生活にも特に苦労せず馴染んでいけました。

ご先祖様に受け入れていただけるよう、宝珠院の前を通る時や、東大寺のあちこちにいらっしゃるお地蔵様の前を通る時には、欠かさずご挨拶をするようにして。大学進学前に感動した、お地蔵様を丁寧にお祀りするあの景色に、自分も関わるようになるとは思いもしませんでしたね」

二月堂裏参道は多くの観光客が通行しますが、それでも宝珠院からは不思議と外の音はほとんど聞こえません。取材中も聞こえてきたのは微かな風の音くらいでした。一般の方の参拝もなく、とても静かな暮らしだそうです。

着付けの魅力に開眼し、着付士としてデビュー。奈良各地で活動

そんな佐保山さんが着付けの世界に出合ったのは2018年。その時、佐保山さんは二児を出産し、子育ての真っ只中にいました。

佐保山:「RAhOTSUの旅行事業のツアーに関わってくれた友人が、着付け教室に誘ってくれたんです。

というのも、当時の私は子育て中心の生活になり、心の余裕がなくなってしまっていて。『何かをしよう』という気にもなれず、それまで続けていたお茶などのお稽古事を全部やめてしまっていたんです。そうしたら、外とのつながりがほとんどなくなってしまい、空虚な日々になってしまって……。

友人は、私がお茶のお稽古で着物を着ていることや、着物が好きなことを知っていて、声をかけてくれて。『これだ!』と直感的に飛び乗って、教室に行ってみることにしました」

教室では、自分で着物を着る自装コースと、他の人に着付けをする他装コースの両方を受講。きちんと習ったことで着付けの魅力に開眼したといいます。

佐保山:「日本舞踊やお茶などを習う中で、着物は小さい頃から何度も着ていて、着られるつもりでいたんですが、全然きれいに着られていなかったことに気づきました。

プロに習うと、『一人ひとり異なる曲線をしている人間の身体に、直線裁ちの着物をいかに沿わせるか』という技術を学べます。ピチッと身体に沿っていながら、ちゃんと動きやすいんです。この感覚で思い出すのは、日本舞踊の踊りの会で衣装屋さんが着物を着せてくれた時のこと。自分はその場に立っているだけで衣装屋さんが手早く着付けてくれたのですが、ピチィーッと身体に沿いながらスムーズに動けて。『あれを自分でできるようになるんだ!』と感動しましたね」

着付け教室では、奈良を中心に活躍する一般社団法人kdm着付士支援機構の徳田代表に師事。他装技術を学び、着付士としての活動をスタートさせました。その後、同法人の自装講師としてもデビュー。着付士としての活動や、着物文化普及に向けた着付けレッスンなどを行っています。

佐保山:「毎日ではないですが、奈良近辺でご依頼いただいたら対応させていただくというスタイルで活動しています。近隣で着付けのレッスンをしたり、成人式や卒業式、入学式、七五三、お宮参り、結婚式などのイベント時に出張して着付けをしたり。

5月2日の東大寺聖武天皇祭の時には、稚児行列で着物を着てお子さんと一緒に歩く親御さんもいらっしゃるので、そういった方の着付けもkdm着付士さんにお越しいただいて対応していますね。2022年からは、きたまちの女性専用ゲストハウス・and smiles hostelさんで、奈良女子大学の卒業式に出席する学生さんに袴や振袖のお支度をしています。本当に偶然ですが、母校の後輩たちを着付けることができて、とても嬉しいですね」

環境の変化から自分を見失ってしまう時もありましたが、着付けに関わるようになって生活にさらに彩りが生まれたと、佐保山さんはいきいきと語ります。

佐保山:「それまで着物に縁がなくて『着物は苦しそう、しんどそう』と思っていた人が、プロの着付けに出合うと『すごく楽!』『ご飯も食べられる!』などと快適に着られることに気づいてくださる瞬間が、着付けの魅力です。やっぱり私は着物が大好き。このような目指すべき方向があることや、お仕事をいただけること、本当にありがたいと思います」

奈良に生かされて、着物と共に暮らす今の自分がいる

佐保山さんが大学卒業時に「日本家屋に暮らす」という目標を立てた時、佐保山さんの頭に浮かんでいたのは「日本家屋で着物を着て暮らす自分」でした。佐保山さんは現在、着付けの仕事以外でも日常的に着物を着て生活しています。「日本家屋に暮らす」だけでなく「そこで着物を着て暮らす」という、目標を立てた時のビジョンがいつしか現実になっていました。

佐保山:「子どもの幼稚園の送り迎えや友人とのお出かけなど外出する時も、自宅で家事をする時も着物です。家事の際には割烹着を着ていますよ。子どもが通う幼稚園に着物を着ていくと、他のお母さんたちが『私も幼稚園の行事で着物が着たい』とレッスンに参加してくれることもあります。

着物は数ある衣服の選択肢の一つです。私のことを見て、『着物って日常的に着ていいんだ』『そういう選択もアリなんだ』と、着物を身近に思ってくれる人が増えてくれたら嬉しいですね。

特に奈良は、着物に親しむには良い環境ではないでしょうか。長い歴史があり、“本物”の文化が町中に残っていて、望めば日本的な文化の世界にすぐに触れられる環境がありますし、それを望む人も多いと感じますから」

これまでの暮らしを振り返り、現在の生活は奈良での様々なご縁の上に成り立っていると語る佐保山さん。

佐保山:「大学進学で奈良に来て以来、色々なことがありました。『日本家屋に暮らしたい』『着物が好き』そんな思いに合致したことも、全く別路線なことも、様々なことを体験してきましたが、不思議とすべてのご縁や出来事が今の私につながっていて、『私の人生、楽しく生きさせていただいているな』と感じます。これはきっと、『奈良に居たい』と選択した私を、奈良が『居ていいよ』と受け入れて、包んでくれて、生かしてくれたからではと思います。

今後は、奈良に行って良かったと思ってくださる方を一人でも増やせるような活動がしたいです。着物を着て奈良を楽しみたいという人にはもちろんサポートをしますが、着物以外でも例えば、東大寺境内などで困っている修学旅行生がいれば声をかけて助けたりしています。どんな形であれ、自分にできることで奈良のことを好きになってもらいたいですね」

洗練された宝珠院の一室で、着物を着て穏やかに語る佐保山さんの姿は、まさしく佐保山さんが学生時代に描いたイメージそのものに思えます。

現在の充実した理想の姿はきっと、佐保山さん自身が目標だけを見つめて生活するのではなく、目の前にある奈良でのご縁を大切にしたから実現できたものではないでしょうか。そして、奈良の人とのつながりを大切にできたのは、佐保山さん自身が「奈良が好き!」「自分には奈良が肌に合う!」と、奈良に対して前のめりだったことも大きく影響している気がします。「ここに住みたい!」と心惹かれる場所に素直に身を置いてみること。これも、人生にさらなる彩りを加えるヒントなのかも知れません。

「奈良で着物を着て町歩きしたい!」といった方はぜひ、佐保山さんのレッスンや出張着付けをチェックしてみてくださいね。

(取材・文:五十嵐綾子 写真:北尾篤司)

もも着付け
https://ameblo.jp/mottoko1984/

最終更新日:2023/10/01

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